第12話 くすぶる感情と衝突する2人

 夕日が陰り、夜が来る。ネメアの街はそのほとんどが闇に飲まれていく。表通りにぽつりぽつりと灯りが付く。そこは宿屋、酒屋の類のようだ。

 街灯も無く、武装した人間達以外はあっと言う間に通りに姿を見かけなくなる。

 季節は春だろう。日が落ちてすぐの時間。日本ならこれから夕食の時間かもしれない。残業の多かったジョージにとっては、これからが本番といった時間だ。

 しかし、もう街は暗く、閑散とし。おまけに虫の声もどこからかする。ジョージは街の中に居るのに、昨夜の野営と同じくらいの寂しさを感じた。


 ネメアの街の夜は暗い。明るい場所は少ない。夜通し明るいのは、ここ冒険者ギルドくらいだ。

 冒険者の1人ディーンはたまり場として使われている入口近くのテーブルに黙って座っていた。ディーンはネメアの街で生まれ育った少年だ。ただし、幼い頃に捨てられた孤児として。

 ネメアの神殿は儲かっているようで、孤児が住む中古の家を幾つか提供してくれている。冒険者の多いネメアの街は、人の入れ替わりが激しい。入ってくるのも出ていくのも多い。昨日来た者が今日は死んでいるなんてことも良く有るのだ。そして、そのやってくる中には食い詰め者も少なくない。

 そんな街だから、なんだかんだあって孤児となるものも出てくる。

 神殿の提供する家が孤児や身寄りの無い者達を保護するため、ネメアには貧民は居てもホームレスはいない。それは治安維持にも衛生環境維持にも役立っているため、神殿は積極的に取り組んでいたし、ネメアの街も補助している。


 ディーンは13才。この辺りではそろそろ大人だ。だから、”家”を出ようと考えている。そのために冒険者として登録し、"家"を出た先輩達と協力して稼ぎ始めていた。ただ、稼ぎは渋い。ディーンはどこか部屋を借りて、一人暮らしをしたいと思っていたが、それは難しそうだ。最初は誰かとルームシェアするしかないだろう。


 ただ、今日のディーンは懐も温かい。テーブルには、普段飲まない安酒も、温かいつまみも置かれている。

 この臨時収入は、ついさっき入ったばかりだ。

 夕方、先輩の1人に頼まれたのは知り合いのエルピダの行動を監視して、1日1回報告するというもの。


 ギルドを通した物では無いし、多分犯罪が絡んでそうだが、ディーンはあっさり引き受けた。

 ディーンはエルピダのことを知っている。しばらく前にネメアにやって来た同じ年の冒険者だ。

 明るく、皆に優しく接するエルピダはすぐに人気になった。隙があるように見えるエルピダを暗がりに引き込もうとするならず者もいた。ネメアはそういう奴もまた多いのだ。しかし、エルピダはその全てをたたきのめし、逆にギルドに突き出した。

 ディーンは一度その様子を見たことが有る。エルピダは普段使っている剣を使わず、拳1つで叩きのめしていた。

 普通、剣と拳で、拳が勝つことは無い。ましてその時は1対3だった。ディーンの常識ではあり得ない事だった。まして、それを為したのは同じ年の女の子だったのだ。

 その時からディーンはエルピダの姿を追うようになった。


 そのエルピダを監視する仕事。まぁ警戒心の薄いエルピダだ。ちょっと口実を付けてくっついていれば楽勝だろう。ディーンはそう結論づけていた。


 その時ギルドの入口が開き、2人の男女が入ってきた。前を歩くのはエルピダだ。もう一人、何も持ってない少年が文字通りエルピダにくっついていた。

 すごく見た目の良い少年だった。金色の細工物みたいな髪、顔はそこらの女達より綺麗なくらいだ。中古屋で買った、サイズの合ってない服しか着ていないのに、エルフのような気品すら感じる。

 男色の気のないディーンでさえ、一瞬見とれたほどだ。

 エルピダと少年の周囲からしばらく話し声が途絶えたのは当然のことだったのだろう。


「なんだありゃ?」


 ディーンは思わず口に出していた。エルピダは1人で街を出た。あんな奴はネメアで見たことが無い。見た目は冒険者と思えない。エルピダも隙があるように見えるが、あいつはもっと酷い。3つや4つのガキみたいにきょろきょろと無警戒に周囲を見ている。


「もう、ジョージ様!きょろきょろしないでくださいよー。」

「あ、ごめん。」


 ディーンは何故か分からないがムカ付いた。エルピダがその、ジョージって金髪野郎に様を付けたのも気に食わないし、あんな目で金髪野郎を見たのも気に入らなかった。

 気がつくと、ディーンは席を立ち、カウンターに並んでいる2人に絡みに行っていた。


「よ、ピダ!」


 気安く呼びかける。エルピダはディーンを見て、


「あ、ディーンじゃないの。久しぶり。」

「そいつは?」

「うん。この人はジョージ様。私のご主人様よ。」

「え、いや、俺は……」

「……は?ふざけんじゃねぇぞ、この金髪野郎!」


 にこやかにジョージ様とやらを紹介するエルピダ、戸惑うようにエルピダに声をかける金髪野郎。

 ディーンは反射的にジョージをぶん殴っていた。ジョージという金髪野郎は受け身も取れず床にキスをした。


「何すんのよ!」


 エルピダが叫ぶと同時にディーンも受け身も取れず床にキスをした。

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