第11話 ネメアのピダちゃん

 赤い夕陽が街を染めていた。

 石組みの壁が目立つ建物、店じまいを始めている商店と露店。大きな荷物を持った武装した人々。人は多いが道が広すぎる。四車線くらいの幅広の道では閑散として見える。

 平屋、二階建てがほとんどで、建物の間も広い。真っ赤な夕日の空もよく見えて、なおのこと人が少ないように見える。

 それがジョージのネメアについての第一印象だった。ほとんどを東京の都市部で育った彼にはとんでもない田舎に見えたが、それなりに活気はある。ただ、ファンタジー小説やその他フィクションで見たような風景ではあった。


「じゃ、ジョージ様、まずは服買いましょ。それからギルドに行って、宿。」


 エルピダは軽く言うが、ジョージにはどうすれば良いのか分からない。しかし、自分は薄手の毛布を適当に巻き付けただけだし、その毛布も血だらけで臭う。そんな自分が、周りから好奇の目で見られているのは分かる。服を変えるのは賛成だった。


 街を歩くと、住民がエルピダに声をかけていく。エルピダも明るく返事を返す。この街でエルピダはかなり受け入れられているようだ。


「お、ピダちゃん!元気だったかい!この串もってきな!」


「ありがとおばちゃん!」


 エルピダが、屋台のおばちゃんに声をかけられる。何か分からないけど良い匂いのする串焼きを売ってる、それを二本よこしてくれた。


「ところで、そのお兄ちゃんは?」


「うん。賊から助けたんだよ。」


「おやおや、大変だったねお兄ちゃん。」


 2人から自然な形で話しが振られて、ジョージは無難に笑みを浮かべ挨拶する。ジョージも日本ではサラリーマンをしていたのだから、ある程度の社交はできる。余り得意ではないが。


「ええ、エルピダさんに助けられました。何もかも無くしてしまったので、今後の身の振り方も分かりませんが。」


「この、ジョージ様、記憶も無くしてしまってて。ギルドに紹介してしばらく助けてあげようかって。」


「様? ん、あぁ、確かに言葉も上品だし、お貴族様かもしれないねぇ。」


「もー、それじゃ私が口悪いみたいじゃないのさ!」


「あっはっは!ほら、早くしないと服屋がしまっちゃうよ!」


 ジョージの格好を見れば、真っ先に寄る所くらいは予想が付く。

 適当に追い払われて不満そうだが、エルピダは大して気を悪くした風も無い。そういう付き合いなんだろう。そのまま、当初の予定通り服屋に向かう。服と言っても中古になるらしい。そういう話しもジョージはフィクションで聞いたことがあった。以外にフィクションの話しが役に立つと、妙なところで感心するジョージである。


「それにしても、呼び名はピダ、なんだな。」


「そうですよー?」


 ちょっと不思議な顔をしてジョージの顔を見るエルピダ。


「あぁ、なんとなくエル、なのかと思って。」


「確かにそうですね。そっちの呼び方もありますよねー。でも何となく昔からピダちゃん!なんですよね。」


 エルピダの様子が街の中だからか、かなりリラックスしているように見える。一方ジョージは初の異世界の街だ。お上りさんのように何もかもが新鮮だ。彼の中の知識と現実は似ているようで違う部分もある。

 街の建物には余り装飾も無く、良く言えば質実剛健。言い換えれば地味。色も地味な茶色ばかりだ。


「案外地味だな。」


「やぶから棒になんですか、ジョージ様。」


「いや、違う世界だからもっと予想外なのかと思ったら案外普通だったから。」


「うーん。確かに違う街に来てちょっと期待するときなんかありますよね。あ、服、この店です!」


 エルピダは一軒の店にジョージを連れてきた。店先には店員がいて、適当な安物を売りつけようと声をからしている。周囲にいるのは冒険者とおぼしき武装した人達だ。

 皆かなりの汚れで、手っ取り早く着がえを買おうとしているようだ。

 代わりに、買った服と着ていた服を大きなタンスのような箱で着替えている。試着室も兼ねているようだ。


 そこでもなんだかんだとエルピダは声をかけられていて、かなり名は売れているみたいだ。しかし、実力を認められていると言うよりは、声のかけやすさ、気安い感じを受ける。


「お、生きてたかよ!」


「しっつれいね!私はいつでも元気よ!」


「がはは!まぁ怪我したらいつでも来いよ。」


「そのときは魔法代安くしてよね!」


 声をかけてきたのはガタイの良い中年の男だ。体は分厚いし、でかめの鈍器も持っている。荒くれ男に見えるが、案外気安い。


「隣の兄ちゃんは彼氏かい?」


「違うよ、賊から助けたの。」


「身ぐるみ剥がされてたって訳か。見た目も良いし食っちまえよ!」


「何言ってんの、この生臭神官!!」


「がっはっは!オー怖い怖い。」


 ジョージの返事も聞かずに生臭神官は片手を上げて去って行った。

 周りの冒険者も半ば顔見知りのようで、それほど規模の大きな街でも無さそうだ。

 エルピダは、サイズより値段といった感じでとにかくジョージが着ることのできるズボンとシャツを選ぶと、とっとと服屋から立ち去った。

 ジョージとしても他人の財布で買って貰う服に文句はない。


「じゃ、次はギルドです!串焼き食べて、さくっと行っちゃいましょ。宿で早く休みたいですしね。」


「確かにそうだ。もうくたくただよ。」


 もし、ジョージが丈司としての体だったら、くたくたどころでは済まなかった。虚ろの杜からネメアまでですら数時間歩いたし、初めての野営に初めての命がけの戦いだ。むしろここまでたどり着けたかどうかすら怪しいものだ。


 夕焼けが暗くなり、通りの所々に灯りが付く中、エルピダは街の中心にジョージを連れていく。


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2024/3/30:フォーマット修正

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