第9話 導きとそれぞれの正体

 エルピダは、その他のこと、を考えていた。

 少し時は戻る。今朝、出発前のことだ。

 もう少しで日が昇る時間。彼女は少しうとうとしていた。昨夜は結局徹夜していたようなものだったし、疲れていた。とはいえ、危険なことに変わりない。目を覚まさなければと思いながらも睡魔に負けそうになっていた。


「ねぇスピリットボーンのお嬢さん。うたた寝は危ないよ?」


 ジョージとは明らかに違う声音にエルピダは驚き、目を覚ます。そしてとっさに立ち上がり、身構える。

 たき火も近くに居るはずのジョージも廃神殿も見あたらない。

 ただ深い霧が立ちこめていて、そこには美しい男性が立っていた。

 真っ白な貴族の服、所々に美しい金細工が施されている。

 顔はジョージに似ているが、髪の色が金色で、表情が全く違う。軽薄な笑みを浮かべ、隙だらけにも見える。


「あなたは?」


「僕はアイン。ジョージ様から名前は聞いたでしょ?」


 ジョージ様?気になる呼び方だが、今はそうでは無い。

 エルピダが捨てた家名を知っているのは何故?


「ここは?」


「君の夢の中。ちょっとお告げに来たんだ。聞いてくれる?」


 時間を稼ぎながら、いつでも戦えるように身構え、エルピダはうなづいた。


「ここまで無事に来れたのは僕のお陰だよ。ジョージ様と君を引き合わせたんだ。もちろん、帰りも安全に杜を出られるように助けて上げるよ。」


 そう言いながらも軽薄そうな笑いをしているから、素直にうなづけない。


「それと、大事な事。君が3年前に受けたお告げは本物で、君はジョージ様に仕える運命にある。頑張って。」


 それだけ告げると、アインと名乗った青年は霧に溶け込むように消えた。


 同時にエルピダは目を覚ます。日が登りかけ、明るくなってきていた。たき火は消え、ジョージは無防備に寝ている。拠点は廃神殿の軒下だ。


 少しほっとしつつ、エルピダはジョージの顔を見つめてから起こしにかかる。


「エルピダさん、大丈夫?」


「……あ、え、大丈夫です。少し考え事しちゃってて。」


「確かに、さっきから変ですよね。魔物っぽい姿が見えても、全部別な方に行っちゃうし……。」


「そうですよね。虚ろの杜は本当は恐ろしい場所なんですが……。」


 2人は、同時にアインのことを思い出していた。それくらいしか思い当たることがない。

 しばらく歩くと、森の木はまばらになり、草原が見えてきた。

 思わず足が速まり、杜の外に出た。

 2人は思わずホッとしながら、少し森から離れた草原で休むことにした。


 なんとなく草原に腰掛け、二人は顔を見合わせる。先に口を開いたのはエルピダだった。


「今朝、うとうとしてる時に夢にアインと言う方が出てきたんです。アイン様はジョージ様が私の仕えるべき人だと仰いました。ジョージ様は何者なんですか?神様?神様はもうずっとこの世界に姿を見せてないと言われています。地上は見捨てられたのだと。」


 突然の神様発言にジョージは戸惑う。自分ではただの魔術師のつもりである事、自分が神であるなんてアインは言ってなかったことなどを話す。

 エルピダは納得していない。スピリットボーン家は特別な宗派の盟主。その家の名を持つエルピダは夢見やお告げというものに自信を持っていた。


 エルピダとしては、まだスピリットボーン家の者であることを言うわけには行かない。そう考えて振る舞えば、何か歯に詰まったような物言いとなり、話はまとまらない。


 ジョージはアインに客人まれびとと言われたことを思いだしていた。

 自分が客人信仰の客人なら、確かに一種のなのだろう。しかし、自分には自覚がないし、自らを神と称することはジョージにとっては闇堕ちフラグのようにも思える。

 もし自分に特別な役割があるとしても、それはもっとこの世界について知ってからだ。

 ジョージはそう結論づけ、エルピダに告げた。


 エルピダもそこは納得せざるを得なかった。


「では、一番近い街に行きましょう。ネメアという街で、この辺りでは大きなところです。良いですか?ジョージ様。」


「分かった。でも、この格好で中に入れるのかな?さっき、私の正体がはっきりするまではさん呼びって言ったよね?」


 不満げなジョージであるが、エルピダはそこを譲るつもりはないようだ。


 しばらく近くの道を目指しゆるゆると歩いていると、道の方から五人ほど、ジョージ達を見て歩いてくるのが見えた。


「あれ、多分追い剥ぎか何かです。多分逃げられないので、少し開けたところで迎撃しましょう。その方が助かりそうですので。」


 虚ろの森に追い込まれた時の半分の人数。そしてこちらのは強力な魔法を持つジョージがいる。エルピダが前衛となり、ジョージを守れば十分に勝機はあるはずと、エルピダは考えた。

 ジョージは実戦経験が浅いようだけど、あの魔法は相手を追跡すると教えて貰った。ならきっと大丈夫。

 エルピダはそう自分を勇気づけながら、戦いやすい場所を選ぶ。


 向こうの姿が見える。如何にも凶悪そうな奴らが数人。ニヤニヤとしながら歩いてくる。こちらは子どもが二人。しかも一人はまともな服も着ていない。指さしながら笑ってる。大きな刃物。


 ジョージは避けられない戦いに吐きそうになった。日本ではまともな喧嘩もしたことがない。ましてあんな凶悪な顔の人間とは近づいたことさえない。

 でも、頭の片隅で魔術を使う準備が整いつつある事も分かっていた。

 自分が二人居て、一人は戦いを怖がっていない。

 日本では、魔術はほんの少しの雑念で消えてしまう。

 でも、今この命の危機を感じる瞬間も、力は集い、昨夜の数倍ほどに達している。


 ジョージは自分を少し疑う。アインは自分をどうしたのか、そしてどうしたいのか。

 分からない。でもそれは生き残ってから。

 ジョージは歯をかみしめ、エルピダと追い剥ぎ達を見て魔術を使うタイミングを見計らう。

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