第8話 信頼の一歩

「……なにあれ?」


 寝たふりも忘れ、エルピダは呟いた。

 ジョージの魔術は見たことが無いものだった。ジョージが自分で魔術師だと言ったのだから魔術の一種なんだろう。多分祓魔、魔を祓うはらう術なんだろうけど知らない術。

 エルピダは自分でも多少の術は使うし、魔術師が魔術を使うのも見ている。でも、こんなのは見たことが無い。普通、術は呪文を唱え、呪文の名前をキーワードとして唱える事で実行される。それに焦点具と呼ばれる杖などの道具も必要だ。

 でも、ジョージは何も唱えてない。もともと裸だったのだから道具もない。

 それに、ジョージのものは魔術と言うより神殿で行われる儀式のようだった。

 ただ、それはたくさんの人が関わりそれなりの時間が掛かるもので、こんな簡単に何も使わず行うものじゃない。


 気がつけば、エルピダはたき火の前で普通に座って見学していた。

 ジョージはそれからもう一度頭上の光球を呼び出して、それから何か魔法の矢のようなものを発射していた。これも無言のまま、指を指した先に飛んで行く。まるで何か、強力な存在を使役しているようにも見える。

 太い木や崩れかけたレンガの壁も貫通するすごい威力で、かなりの腕である事が分かる。出会ってからこれまでの妙に腰の低い感じは無く、怖いくらい。


 色々なバリエーションで光の矢が飛ぶ。一度に複数が飛んだり、光球以外の部分から飛んだり、全然違う方に発射された光の矢が、途中からくねくね曲がって同じ場所に当たったり。

 まるで魔力が無限でもあるかのようなジョージの魔術に、エルピダは魂を奪われたかのように見続けた。


 そして、一通り満足したのだろう。ジョージが光の矢を止めてたき火の方に振り向いた。当然そこで座っているエルピダと目が合う。


「……あ」


「あ」


「見た?」


 ジョージの口調がちょっと崩れた。気まずかったのだろう。


「見ますよ、あんな光ったら。」


「……そりゃそうですね。」


 ジョージは悪い事をしたわけでもないのに、目をそらした。

 見られて困る物では無いのだけど、どうしようかと考える。地球の神殿で行っていた魔術でも似たようなことはしたが、出力が違う。自由度が違う。

 もちろん、ジョージも例に漏れずマンガ小説アニメにゲームのフィクション好きなので、地球の神殿で色々と試している。

 結論としては、フィクションのような魔術は使えなかった。黄金の夜明け系魔術を履修したジョージの基本はカバラ、中でも生命の木の象徴を借りるものとなる。


 今回のレーザービームは生命の木最初のセフィラのケテルを太陽神と見立て、そこに別の要素を付けて行ったもの。曲がったり追跡するレーザーというフィクション特有のものは再現できた。


「私の魔術って、この世界では普通でしょうか?」


 気がつけばという危険なキーワードを口にしていたが、両者ともスルーした。


「そうですね。あんな術は初めて見ました。ほんとに魔術なんですか?呪文もキーワードも、焦点具も無いし。まるで魔物や魔族が使う能力みたい……」


 でも、あんな聖なる力を使う魔物や魔族は居ない。


「やっぱり、こっちと違うんだ……。目立つ、よね?」


「目立つと思いますよ。魔法の矢みたいな術の威力もすごいですし。」


「なんか誤魔化す方法考えてみます……。」


「事情はお聞きしませんから、あまり気にしないでください。」


「はい」


「じゃ、見張り交代しましょうか。」


「え?全然早いけど?いいの?」


「いいですよー。慣れてないんだから気にしないで。」


 見張りを交代し、ジョージは程なく寝てしまう。エルピダは色々と考えてみたが、特に結論らしい結論は出なかった。


 翌朝、二人は朝食を摂りながら今後の予定について話していた。

 ジョージはこの世界について何も知らないので、基本的にエルピダにお任せである。実戦もしたことがないので何か起きたらエルピダに頼り切り。

 ただ、一応エルピダが前衛、ジョージが後衛で戦おうと打ち合わせる。二人とも上手く行くとは思ってないが、一応、と言うことになる。


 どうするにしても食料がない。ここにこれ以上留まることは不可能だった。

 これまで魔物などは出ていないが、これからで無いとは限らない。実戦経験の無いジョージを連れての杜からの脱出は厳しい物になるだろう。

 エルピダはちょっとため息をついた。

 いざとなればジョージを見捨てることも選択肢に入れている。ただ、それが出来るかは別問題だ。


 簡単に作られた拠点はすぐに撤収準備が整った。ジョージの簡素な服は、巻き付けるひもを増やして、動きやすくした。

 さすがに裸足はマズいので、余った布を巻き付ける。無いよりはマシ、程度のものなので、脱出に時間が掛かるだろうと思われた。


「ジョージさん、私の指示には必ず従ってくださいね」


 1つ不安なのは、戦闘時にパニクったジョージが誤射しないか。あんな強烈な魔法の矢が背後から飛んできたら、防げない。


 虚ろの杜は、ほとんどの部分に人の手が入っていない。その分資源も魔物も豊富だ。何とか無事に杜を抜けて、一番近くのネメアまで辿り着かないと。

 エルピダの脳裏には、魔物以外の面倒ごとも浮かんだが、それは今は無視することにした。


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