第7話 光芒一閃

 神殿の入口近くに構えられた野営の拠点には他に人が居なかった。

 場所的にジョージは直ぐに見つけるだろうから、拒絶するのも難しかっただろう。


「…あはは、むさくるしいところですがー」


 エルピダが苦笑交じりにジョージを招くと、会話が途切れた。


 何を話せば良いのか、二人とも分からない。

 エルピダにも話せないことは幾つかある。

 ジョージも全部話すと決めた物の、タイミングが分からない。大体、エルピダくらいの年齢の女性と会話したことが無い。そういうわけで二人の会話は中々弾まない。


 それでも他愛ない話をするうちに打ち解けてきた。

 近くに街があること、エルピダはそこの所属である事。ここが虚ろの杜と呼ばれる場所であり、この廃神殿は誰も知らなかったものであること。

 ジョージもおおよそのことは話した。日本から来たこと、事故で死にかけたところをアインに助けられたこと。職人と魔術師の兼業で、魔術が盛んではなかったこと。IT関連と言っても通じないだろうから、職人ということにした。


 ぽつりぽつりと盛り上がらない会話をしていく中で、ジョージはエルピダがとても人が良いことに気がついた。聞いていると、結構ハードな世界だ。魔物や魔族といった勢力と人類の力は均衡しているようだし、冒険者は割と簡単に死んでしまうし、開拓には積極的だけど、失敗の確率もそこそこある。治安も21世紀の日本から来たジョージにとっては正直怖いレベルだ。


 それでもエルピダは、不思議な現象と共に現れた素っ裸の美少年(エルピダ談)を受け入れようとしている。実際、簀巻きにされて街まで連れて行かれてもおかしくなかったのだ。


 一方エルピダは、ジョージがどこかの貴族、それか割と良い家のボンボンだろうと当たりを付けていた。日本という国とアイン等という神様は知らないけど、労働したことの無さそうな体つき、おっとり人の良さそうな話し方、とても知的な仕事をしている雰囲気。ただの庶民というのはウソだと思っていた。

 ただ、高位の貴族というには腰が低すぎる。だから良い家のボンボン。


 干し肉、近くで見つけた食べられる草とお湯という食事にはびっくりしていたし、干し肉の食べ方も知らない。エルピダから見ても世間知らずすぎる。


 そうこうしているうちに夜も深まる。


「明日はこの杜を出たいですね。今夜は交代で休みましょうか。昨日は一人だったのであまり寝てないんです。」


「そうですね。でも、私は見張りの経験が……。」


「ふふっ。そうだと思いました。でも、起きているだけで多分大丈夫ですよ。私が先に寝ますから、私が起きたら交代しましょう」


 さすがに、本当はそんな適当な事はしないのだが、エルピダは敢えてそう言った。

 エルピダは先に休む振りをしながら、少し、ジョージを観察する。


 背後は神殿だから、正面だけ警戒すれば良いからと言われても、ジョージはおっかなびっくりだ。灯りの1つも無い場所でキャンプしたこともないし、人を襲うような野生動物と出くわしたことも無い。

 ネットも無いし本も無いし、暇つぶしになりそうなのは、魔術の検証くらいだろう。

 そうでなくとも、自分の力は確認する必要がある。

 人の良さそうなエルピダがいつまで一緒に居るのかも分からない。


「まぁやってみるか」


 さっきやった時にはびっくりして途中で止めてしまったが、今度は大丈夫。

 やらないと始まらない。

 ちょっとエルピダから距離を取る。あまり火から離れるわけには行かないから誤差だが、気分の問題だ。


 リラックスを慎重に行い、ケテルを強く意識する。

 今度はじっくりケテルを意識する。ケテルは生命の木第一のスフィア。そこから全ての力が流れ出す。

 カバラ十字は第一の儀式。全ての儀式の起点。最初に行う儀式。

 ケテルから始めの力を降ろし、穢れけがれを祓う。そのため、頭上に明るく熱い太陽のような光球をイメージする。

 先ほどと同じ、いや、それ以上の力を感じるが心を静める。

 周囲が明るくなる。頭上が物理的に熱くなる。

 当たり前だ。ここは剣と魔法の世界。自分の魔術も物理的な作用をする。


 ケテルに人差し指と中指だけを伸ばし触れさせる。いわゆる剣指けんしを行い、そこから指を額に触れ、「アテー」(汝)と唱える。

 そのまま、胸から足元を指し、「マルクト」(王国は)。白の光は地へ走り、黒へと変わる。

 続けて右肩に触れ、「ヴェ・ゲブラー」(力と)。右の彼方から青い光が飛び込み、

 左に指を動かして、肩に触れさせ、「ヴェ・ゲドゥラー」(栄光は)。光は赤へと変わり左へと飛び去る。

 その、光の十字を強く意識しながら、剣指を胸に当て、「レ・オーラーム、アーメン」(永劫に、かくあれかし)と唱えれば、ジョージを中心に眩しい光が広がっり、そして周囲の気配ががらりと変わった。


 光が消え、拠点の灯り以外が闇に閉ざされても、周囲には清浄な気配。


ジョージがふと地面に目を向けると、掃き清められたように綺麗になっている。その領域は灯りが届かない範囲にも伸びているようだった。


「これがこの世界のカバラ十字か」


 少し呆然としたジョージの声が周囲の闇に染みていった。

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