第6話 交渉の行方
「……名前、……、名前……」
丈司は、ちょっと答えに詰まった。
名前、もちろん覚えている。
ここに送ってくれたアイン曰く「魂がボロボロで半壊状態」だったそうだから、ひょっとすると何か忘れているかもしれないが、まだ検証はしてないが。それはともかく、名前は覚えているのだ。
問題はどう名乗るか、である。
顔をのぞかせている少女の名前は、えるぴ、だ、だったか。聞き覚えのない響きだ。なら、じょうじ、はどうだろう。少女は気持ち悪く思わないだろうか。
それに、生まれ変わったのだから、同じ名前というのも芸が無い、かもしれない。
「あの?」
生まれ変わり、徹底しよう。
いぶかしげな少女の声で、丈司は決意した。
それなら既に決まっている。丈司は魔術師だ。そしてここでも魔術師になる。ならば、魔法名を使うしかない。
魔法名、魔術師が使う真の名のようなものだ。一生同じ名前を使う魔術師もいるし、戦国武将のように何かある度に変える魔術師もいる。
丈司の魔法名は、魔術師になると決めた16の時からずっと同じだ。
それは、ギリシャ語で「神聖なる始まりの旅人」、「Hagiós Poreutés tis Ierás Archís」。これは少し長いので、ネットなどで名乗るときには「George Hagios」「聖なるジョージ」だ。ちょっとかっこつけすぎかもしれないけど、本名の「聖丈司」とほぼ一緒だし、イギリスの竜退治で有名な聖人と同じ名前。ドラゴンといえば「悪」の象徴。正義の魔術師としては丁度良い。
「えっと、ジョージ、ハギオスです。ジョージと呼んでください。」
また1つ、丈司は異世界の住人への道を進む。これから彼は丈司では無く、ジョージになった。
「ジョージ様、ですね。私のことはエルピダでいいですよ。ところで、ジョージ様は何故ここに? あと、昨日までここは壊れかけた廃墟でした。何かご存じ有りませんか?」
ハギオス? 聞いたことの無い家名だなぁ。
エルピダは考えながら聞き返した。どこか遠くから来たのかもしれない。でも、ジョージという名前は良く聞く名前。
こんな状況でここにいるんだから、何かを知ってるんだと思う。
でも、ジョージ様、とりあえず様つけておかないといけない気がするんだけど、あの人は困った顔。
「……多分、私をここに送ってくれた神様がやったんじゃないかって思う、います。」
「神様、ですか? その何というお名前の?」
一難去ってまた一難。ジョージは考える。
アインで良いのか?分からない。さっき扉で見たシジルには見覚えが無かった。もしアインが載っているとしても、その立ち位置が分からない。
そもそも、アインは味方なのか? あそこに居るとき、話してる間、少しも疑わなかったけど、今、ちょっと心が揺れる。
軽そうな、でも慇懃な口調。ひょっとして北欧神話のロキみたいなトリックスターだったら?
でも、言うしか無い。対応はその後考えるしかない。
「アイン様と仰ってたのですが、ご存じですか?」
「……アイン様。知らない名前ですね。」
「そ、そうですか。」
「ジョージ様はどちらから?」
「にほん、という国なんですが、ご存じですか?」
「申し訳ありません、それも存じ上げません。」
知らない神様の名前に、知らない国。そして知らない家名。ジョージ様はすごく遠くからいらっしゃったのかもしれない、と、エルピダは考える。
遠すぎて聞いたことが無いのかも。と。
でも、神様の名前を知らないなんて事があるのだろうか。一応、そういう教育も受けたんだけど。不思議。
それに、何故ここに?
ジョージ様も困ってるみたいだし、事情を知らないのかも知れない。
もし、悪い人だったとしても、隙だらけで戦えそうには見えない。戦えたとしても強く無さそう。
このまま話してても仕方が無い。
多分、大丈夫。
「あの、このまま話してても埒が開きませんし、私の拠点に来ますか? 火も水もありますし」
「た、助かります」
ジョージは思わず石棺の影から飛び出した。いい加減、足の裏が冷たかったのだ。
春のような空気とは言え、やっぱり床石は冷たい。
それに、周りも少し暗くなって来た気がする。夜も近いのかもしれない。
「では、どうぞ。 何も無いところですが……」
エルピダは、ジョージを先導し近くの拠点へと歩き出した。
さすがに最低限の警戒はしている。襲われても大丈夫なように、少し間を開けている。武器も無いし、杖も発動具の類も持ってないし、魔法使いだったとしても大丈夫なはず。
自分の心に保険をかけながらエルピダは歩き出す。
ジョージの心の中も大変な事になっている。日本の魔術師ですIT技術者です!などと言っても通じるはずが無い。
ここについて何も知らない。
正直に全部ぶちまけちゃった方が楽な気もするけど、不安だ。他に誰がいるのかも分からない。
二人はそれぞれの不安を胸に拠点へと歩く。
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