第5話 美形と少女
エリピダは13才の少女である。
ある事情で故郷を捨て、冒険者として転々としてきた。容姿も悪くなく、腕はそこそこ。肉体的にも貞操的にも危ない目に遭ったのは一度や二度じゃない。それでも、何故か運良くこれまで無事に生きてきた。
自分でも運が良すぎると思う。
ここに来たのも半分運。良い事半分悪い事半分。
今回も何とか無事に生き延びて、ちょっと調子に乗っていたのかもしれない。
辿り着いた廃神殿の中。最奥には不思議な埃まみれの部屋。
中央に据えられた石棺はボロボロで、中身も見えていた。そこにあったのは確かにただのミイラで、生きているはずも無かった。アンデッドでもなかったはず。そこはエルピダには自信があった。
突然の魔力の奔流に、慌てて見に行けば様子のすっかり変わった部屋と裸の美形。
綺麗な銀細工のような髪に、ヨーグルト色の肌。顔立ちもきれいで、気品があって、お話のかっこいい騎士様みたいで体もすらりとしていて。多分同年代。そして顔に似合わぬご立派なもの。
そのご立派なものをお持ちの美形のご立派を一瞬まじまじと見つめてしまった。
これまでも何度か襲われたことはあったし、それを見たことも有る。でもあんなのは見たことが無かった。
だから思わず、初めて見た、等と言ってしまった。正しくは「あんな美形の裸」となるのだが、エルピダ的には嘘じゃない。
胸の鼓動が激しい。ひょっとして一目惚れ? などと冷静ぶって考えてみるが、そんな一目惚れは嫌だ。絶対。乙女的に嫌すぎる。
慌てて扉の影に隠れたが、これからどうすれば良いのかさっぱり分からない。
やっぱりアンデッドなのか、他の魔物なのか。
思考はショート寸前で、頭から煙が出そう。エルピダは考えているようで何も考えてなかった。
「困ったな」
まだ慣れない自分の声。自分では日本語を話してるつもりだが、何故か通じている。
扉の向こうにはまだ少女がいるようだ。
このまま扉の向こうに行っても良さそうだが、できれば穏便に事を運びたい。
自分のスペックも分からないし、相手は剣をもっていた。まともに喧嘩もしたこともない自分では勝ち目はない、はず。
扉から離れ、石棺とその台を壁にしつつ、腕で体を隠す。
髪が長ければ、そのままボッティチェリの「ビーナスの誕生」だった。
そこからちょっと大きめに声を出す。
「そこの方、驚かせてすいません。怪しい者ではありません。気がついたらここに居たんです」
嘘は言ってないつもりだが、怪しい者では無いというのは無理がある。
何せ全裸だ。1つ救いは、地球時代のなまっちょろい体じゃ無くて、割と良い体なところだ。そして、ご立派な物も付いている。
これもアインが寄越したプレゼントなのだろうか。
そんな事を考えながら、しばらく待つ。少女からの返事は無い。向こうもショックだったのだろうから、しばし待つ。
そして、体感で数分経ったところで、丈司はもう一度声をかける。
「……あのぉ、すいません……」
そこから何を話せば良いのか声が詰まる。
この地の風習も分からないし、相手のバックグラウンドも分からない。自分がどう振る舞えば正解なのかも分からない。
「驚かすつもりは無かったんです。ごめんなさい。怪しい者じゃないんです。ホントです、信じてください。」
初手謝罪は日本人の習慣だ。もちろん丈司もそうだ。これが良いのか悪いのか。外国では御法度だと聞く事も有るが、身についた習慣はつい顔を出す。
最後は情けなく感じて、ちょっと涙目になる。
異世界転生で初手事案とかあんまりだ。神様、そうでしょう?
心で愚痴を言うくらいは許されるだろうか。丈司はしょんぼりとした。
これ以上どうすれば良いのか分からない。
部屋の中から、美少年の情けない声が聞こえる。最後はちょっと鼻声で、泣きそうになってるのかもしれない。
悪い人じゃ無さそう。
そう思うと、急に可哀想になったエルピダはお人好しだ。
そのお人好しで何度かピンチになったのに、やっぱり懲りない。
「ちょっとそこで待っててください。今何か引っかける物持ってきます!」
エルピダは、扉の裏に張り付いたまま声を上げ、そのまま外の拠点に走り出す。
廃神殿の軒下に作った一人用の拠点から、安物の毛布とひもを取り出して駆け戻る。そして、勢いそのままに扉の内側に投げ込んだ。ちらっと見た室内では、美少年が石棺の向こうに隠れて居た。困った顔が目に焼き付く。多分悪い人じゃない。
「それ、巻き付けて!」
少女が走り去った後、丈司は少し不安だった。他の仲間がやって来て怖いことになるのでは無いかと思ったのだ。少女が剣を持っている世界だ、荒っぽいことになっても不思議じゃない。
しかし、しばらくすると、少女が薄い布地を投げ入れて来た。
「助かります!」
こちらも大きめの声で礼を述べ、布を取る。タオルにしては大きすぎる。ペラペラだが、毛布か何かだろうか?
大きめなので、肩から被ることが出来た。ひもも有ったから、浴衣のように巻き付けた。
「着ました!」
すると、扉の向こうから、もう一度頭がのぞく。
「わたし、エルピダ。あなたは?」
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