第4話 ファーストコンタクト

 丈司はその新しい体で身を起こす。

 身にまとっているのは、古墳から出てきたようなボロボロの布。起き上がっただけで崩れていく。邪魔なボロ布を取り去るときに、自分の裸体が見える体が見える。すらっとした体で、重い石の蓋を開けるようなマッチョには見えない。肌は白い。不健康という訳では無いが、あまり日光を浴びたことの無い肌だ。


「顔の確認は出来ないな。鏡も無いしなぁ」


 丈司はまず周辺を確認することにした。

 新しい自分の体のスペックを確認したいのは山々だが、周辺の安全を確認しないことには安心できない。石棺から抜け出し、綺麗な模様が描かれた床に降り立った。

 石棺は腰の高さほどの台座に置かれていた。

 丈司の感覚では10m四方の広さ。高さも多分、それくらい。石棺と台座以外には何も無い部屋だ。床も壁も天井も白い石材で、壁と床には模様が、天井には宗教画のようなものが描かれている。何かの神話なのかも知れない。


「ここは墓なのか祭壇、いや、神殿なのか……」


 埃とカビの匂いがあるのに、床も天井も汚れている感じはしない。

 入口は1つ。普通の大きさの両開きの扉。何かのオカルト的な図形、シジルが描かれているが、丈司の記憶に同じものはない。

 知っているものに似ている気もするが、ちょっと資料が欲しい所だ。

 部屋を歩き回り、入口の扉の前から石棺を眺めたときにピンと来た。


「あぁ、聖遺物の安置室か」


 聖人が残した品や骨や歯などの体の一部が聖遺物だ。有名な教会に安置されまつられて、観光の目玉になっていることもある。

 仏教の方でも仏舎利と呼ばれるものがある。これは釈迦の遺骨と呼ばれているもので、それを安置するための建物が仏舎利塔。世界中の仏舎利を集めると軽くトンを超えるというのが話のオチになる。


 そんな事を思いながら、丈司はここに祀られているのは誰だったのだろうと考える。考えて分かるわけでも無いのだが。何せ別の宇宙の別の惑星だ。分かった方が気味が悪い。


 気を取り直し、丈司は自分の魔術師としての能力を確認することにした。

 小説なんかだと、いきなり何かを出現させる事があるが、それはまだ後だ。

 さっきから妙に強い高揚感がある。これは地球の神殿で過ごしていたときと同じような感覚だ。いや、それよりも強い。考え無しに何かをしたらどうなるか分からない。


「ふぅぅぅぅ」


 直立したまま、大きく息を吐き、体の力を抜く。

 目は半眼、

 頭は天井から糸で吊されているように起こす、

 頭頂から下へ順次リラックスだ。

 筋肉だけでは無く、皮膚も緊張を解き、関節もゆるめ自力で立つ限界まで力を抜く。

 ただこれだけで、丈司はこの体のスペックが普通ではない事に気がついた。

 一気にここまでリラックスできたことはない。そして、このように意識が他に行っても継続できたことはない。

 ならば、次は


「すぅー」


 周囲から、息を吸うと共に体にエネルギーを通す。

 頭頂からスフィア、いわゆるチャクラ的な部位にエネルギーを通すのだが……。


 強すぎるし、濃すぎるし、硬すぎる。

 これに比べれば、これまで地球で使っていたのは真空のようだ。

 恐ろしいまでのエネルギーで体が昂ぶるのを感じる。

 おまけにアニメのように体が金色に光っているのが見える。

 その一息だけで姿勢を解いてしまった。ちょっと怖い。


「マジか」


 思わず声に出る。周囲にはまだ金色の光が見える。

 エネルギーを引き入れるだけで無く、循環させ、強化していったとき、どうなってしまうのか。


 扉に近い床に座り込み、考える。

 もちろん、考えても正解は分からない。試すしか無い。恐らく、これを使いこなさないと生きていけないのだろう。しかし、ちょっと時間が欲しい。


 丈司がしばらく呆然としていると、何かの気配がした。床を歩いてくる足音。一人。人間?耳のスペックも大したものだ。


 やってきた気配が、扉の外でしばらく中をうかがう様子を見せる。どんなものがやって来たのか分からないが、ここでいきなり無茶なことはされないだろう。

 丈司は立ち上がり、来客を歓迎することにした。


 ゴトゴトと何か音がして、きしむ音もなく扉がゆっくりと開かれる。少し開いたとき、そこから少女の顔がにゅっと出てきた。

 思わず、じっと見つめてしまう。

 良かった。ちゃんと人だ。顔の形も目も鼻も口もちゃんと丈司が知っている人間のもので安心する。

 ローティーンに見えるその少女は、美形過ぎると言うほどでは無いが可愛い顔立ちで、クラスのムードメーカーをしていそうな雰囲気が有る。麦の穂のような金髪で目も金色。朗らかな笑顔が似合いそうな顔立ちだ。

 ただ、今は大きめの目が更に大きく開かれている。目玉がこぼれ落ちそうだ。

 しばらく、恐らく数秒ほど顔を見合わせていた二人だが、先に立ち直ったのは丈司の方だった。とにかく、何か話そうと口を開く。


「あー、こんにちは」


「しゃ、しゃべった」


 少女は扉の向こうで座り込んだのだろう、顔が隠れてしまう。

 丈司は少女の言葉を理解できたことに驚く。言葉の音は日本語と違いそうだが、その内容は違和感なく頭に染みこむ。


「男の人の全裸、は、初めて見た」


 その声を聞いて、丈司は自分が全裸な事を思い出した。


「事案発生」


 思わずそうつぶやく丈司であった。

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