第2話 お客人と白い部屋
丈司が徐々に覚醒していく様子をアインは別の場所から見つめていた。
アインの目の前には一枚の鏡があり、そこには丈司の姿が映っている。
「どうやら無事に目覚めてくれたようだね」
美形ではあるが、どこか軽薄さを漂わせるアインの顔が少し皮肉に歪む。
「では、客人をご歓待といきましょうか」
唐突に現れた白いドアを開け、アインは丈司がいる部屋へと入っていった。
そしてアインが居た部屋はかき消すように無くなり、ただ灰色の空間と変わる。そうして見てみれば、丈司の居る白い部屋も周囲には何も無いただの灰色の空間。
ただ残るのは、空間に浮かぶ真っ白な立方体。
丈司がふとテーブルの上を見ると湯気を立てるコーヒーカップがあった。
つい先ほどまでそんな気配は無かったはずなのに、良い香りもする。
いぶかしみながらもカップを手に取ると、真正面から声がした。
「やぁ、どうもお客様。ご気分は如何ですか?」
丈司が顔を上げると、真っ白なスーツを着た若い男が立っていた。如何にも金の掛かってそうなスーツには、金糸が飾られ、非常に見栄えがする。
それを着ている男もまた美形で、真っ白なスーツがよく似合う。
白い肌に、金属と見間違うばかりの見事な金髪。芸能人ならハリウッド級の美形だろう。
ただ、表情が良くない。ニヤニヤとチェシャ猫のような笑みを浮かべ軽薄そうだ。
丈司に掛けた口調も丁寧ではあるが、どこかからかってるような感じもする。
「えぇ、ありがとうございます。気分は良くなってきました。ところで、ここは?」
「おっと、失礼」
横行に頭を下げる美形が言葉を重ねる。
「ここは、お客人を向かえる特別室でございます。」
「……いや、そうではなくてですね」
「へその緒が切れたはずの自分が何故生きている。そんな所でございましょう? ご安心を。お客人は無事蘇生いたしました。夢でもあの世でもございません。そして、ここは物質界では無く、私が管理する空間の一角でございます。そして、私のことはアインとお呼びくださいませ。」
丈司は立ち上がり礼を述べる。よく分からない人だが、命の恩人なのは確かだ。へその緒のことを知っているのなら、魔術師仲間なのだろう。
「アインさん、助けてくださり有難うございます」
「いえ、人助けをする事が出来て良かったですよ。ところで、この後どうなさいます?」
「自分の体に帰りたいのですが、どうすれば良いのか……」
あの様子では、何か体に起きていてもおかしくない。それに今、戻れるのかどうかも分からない。まずは目の前のアインに尋ねて見るしか無い。
アインは困ったように眉をひそめ、人差し指を顔の前で振った。一々キザな仕草だが、妙に似合う。
「それは出来ない相談です。あなたの体はあなたの宇宙ごと消えてしまいました。バーンとね」
わざとらしいまでの大げさなジェスチャー。しかし、丈司はそれどころではない。体と宇宙が無くなった?どういうことなのか分からない。なら、ここはどこなのか。
「ここは多次元宇宙の一つ、別の宇宙なのです。あなたは全く別の宇宙から流れてきた漂流者なのですよ。この宇宙、正確にはその精神世界に流れてきたとき、あなたはほとんど壊れていました。しかし、その」
コーヒーカップの隣には琥珀の箱。アインが見つめ、丈司が入っていたあの箱だ。これもいつの間にか出現している。普通の場所ではないのは確かだった。丈司の神殿でも同じようなことは出来るが、ここまで自在ではない。
「箱にあなたは守られていた。解析してみると、あなたの下僕が作り上げたシェルターだったようです。あなたは良い部下を持たれましたね。さぁ、手に取ってください」
丈司が産み育てた精霊の王達、彼らのなれの果てが琥珀の箱となっている。そんな機能を与えた覚えは無かったが、何かがあったのだろう。それが現実なら受け入れるしかない。
箱を手に取ると、ぼんやりと黄金に光る。そしてゆっくりと手のひらに溶けていった。しかし無くなったわけでは無い。丈司の魂に帰ったのが分かった。
「では、私は今後どうすれば良いのでしょうか?」
「そう、それについてなのですが。私はあなたのことを調べさせていただきました。この部屋も、この姿も全てあなたの中から学習したもの。あなたの生前の世界では転生という思想があり、フィクションの題材としても良く使われていたとか」
そう言われれば、丈司に思い付くのは1つしか無い。
「……異世界転生、でしょうか?」
「その通り! あなたの魔術師という顔、好みの傾向から最も喜んでいただける領域を見つけましたとも。必ず満足いただけるでしょう!!」
「……マジか……」
「マジもマジ! 大マジです! あなたは剣と魔法の世界へ赴き大冒険を繰り広げるでしょう! どんな人生も思いのまま、死ぬも生きるもあなた次第! そんな楽しい人生をお約束いたしましょう!!!」
アインのオーバーアクションに圧倒される丈司に、もし悪魔が契約を持ちかけるとしたらこんな顔をするのだろうという表情でアインが笑う。
「さぁ、チートスキルを選びましょう!」
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