転生魔術師と捨て巫女

OTE

プロローグ

第1話 死と神殿と白い部屋

 空間が震え、そこに何かが生まれた。

 役割を与えられ産まれたそれは、と名乗ることを決めた。

 目の前には琥珀の箱がある。大きさは長辺が30cm、短辺が10cm程、高さは5cm程度。ただ、シックな装飾が配されたそれは、まるで棺のようにも見える。

 遥か遠くの時空からやって来た琥珀の箱には、アインがもてなすべき客人が横たわっているはずだ。

 アインは早速仕事に取り掛かることにした。必要な知識も力も既に与えられている。

 まずアインは自らの見た目を整える。アインには特に決まった見た目は無かったが男性を見た目に選んだ。

 容姿は与えられた性質に相応しい物だ。

 そしてそれが終われば、琥珀の箱の客人を起こす事にする。ただ、それには少し難しい作業である。

 何故なら遥か遠くからやって来た客人は体を失い魂も大きく損傷している。

 起こすと言うより復元や死者蘇生の方が近いかもしれない。

 足りない部分を補い、問題なくなると、アインはその客人の意識を醒ましたさました


「どこだ、ここは」


 聖丈司 ひじり じょうじ は椅子に腰掛けた状態で目覚めた。


「しろ、い、へや?」


 口が回らない。まるで長いこと口を開いてなかったかのようだ。

 頭は霧が掛かったかのようにぼんやりとしている。

 ゆっくりと周りを見渡していると、ゆっくりと意識が覚醒していくのを感じる。


 丈司が最後に覚えているのは、アストラルプレーンつまり精神世界で突発事態が起こり、意識を失ったところまでだ。

 目覚めてみれば、一面真っ白な部屋。壁も床も、腰掛けているソファも真っ白だ。部屋の照明はまぶしく、目が痛い。しかし、それ以外は快適だ。ソファは高級そうな革張りだし、大理石で出来ているように見える応接テーブルも高そうだ。空気はひんやりとしているが、不快ではない。


「神殿、でも、家、でも、病院でも無い、な」


 言葉を一つ口に出す度に少し頭の霧が晴れる気がして、丈司は回らない口を動かす。


 聖丈司は21世紀の平均的な日本人だ。31才、男性。普通に働き、ちょっとした貯金を持ち、独身だった。

 が、一つ普通では無いところが有った。

 彼は魔術師だったのだ。しかも真面目に実践までしている。

 彼の世界では魔術などはただのネタとして扱われ、まともに取り合う人は居なかった。

 何故なら魔術師は何も出来なかったからだ。フィクションのように自在に飛ぶことも悪魔を召喚することもできない。まれに何かを為したと主張する者は居たが、誰も取り合わない。

 日本にも丈司のように実践を行う人間はいるが、あくまで日陰者。秘密主義的で表に出てくる物は居なかった。


 しかし、真剣に魔術修行を行う者は居た。

 彼らは物理的なことは何も出来なかったが、精神世界では様々な事を自由に行うことが出来た。

 彼らは長い修行の末、神殿と呼ばれる自らの領域を作った。肉体から解き放たれた魔術師は、神殿で自由に振る舞い、思うままの魔術を振るった。

 ただ、その魂は完全に自由では無い。

 肉体と彼らの魂は”へその緒”で結ばれ、それが切れると死ぬと言われていた。


 丈司はその日も神殿に通っていた。精神世界である神殿で瞑想を行い、エネルギーの循環を行い、3DCGをいじるようにして、神殿のディティールを作り、神殿を更に強化する。

 それは前触れ無く起きた。地震だ。大きな直下型の地震。東京で生まれ育った丈司が経験した事の無い巨大地震だ。

 神殿は魔術師の精神に属する領域だ。当然魔術師のコントロール下に置かれている。望まない事象は起こらないはずであった。


 丈司は物質界、つまり肉体に何か有ったのかと経路を伝って体に戻ろうとするが、戻れない。揺れ続ける神殿の中から何とか肉体の様子を探ろうとするが、物質界の目前に巨大な壁があるかのように肉体に進むことが出来ない。

 体に走る悪寒。病気で高熱を発したときのような頼りない感覚が丈司を襲った。

 何があったのか知るために、物質界への経路から感覚を神殿の体に戻す。すぐ近くに神殿とアストラルプレーンの境界が見える。通常、直径数キロの領域を持つはずの神殿の境界が目に見えることは無い。それが見えていると言うことは、神殿が小さくなっていると言うことだ。

 そこから何か、夢の中のように全てがゆっくりと進む。

 妙に冷静になった丈司はのろのろとへその緒を確認する。普段見えないへその緒を見えるようにすれば、精神体から少し離れた所ですっぱりと途切れていた。


 さらに急速に縮んでいく神殿。


「終わった」


 これで死ぬのかと丈司は冷静に悟る。

 神殿に住む使い魔や人口精霊達が消えていく。神殿は徐々に透き通っていく。恐らく消えるのだろう。自分自身の輪郭も薄れていく。思考も感情も何も無い。


 急速に狭まる視界の中で、丈司が分身として作った精霊の王達が駆け寄り何かを叫ぶ。しかし、丈司の意識は薄れ、それを言葉として理解することは無かった。


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