猫と遊ぶ

けろよん

第1話

 猫が伸びをしている。気持ちよさそうな顔をしてぐいーんと伸びる胴体。

 どこまで伸びるのか。気になった僕は友達のたかし君を呼んで検証してみる事にした。


「僕は前足を引っ張る。たかし君は後ろ足を頼む」

「オーケー、任された」

「気づかれないようにそーっと近づくんだぞ」

「任せとけ。俺の隠密スキルは折り紙付きだぜ」


 たかし君の言う通り、彼の隠密スキルは高い。学校の席でじっと座っていても誰にも声を掛けられないのだ。

 彼に声を掛けられたのは僕ぐらいのものだろう。彼の読んでいたワンピースを読ませてほしくて声を掛けたのだ。

 じりじりと足を進ませ音も立てずに接近した僕達は、ついに猫の前足を掴む事に成功した。同時にたかし君は後ろ足を掴んだ。


「掴んだ!」

「よし! このまま引っ張るぞ!」

「おう!」


 二人で力を合わせて引っ張ると、猫の体はどんどん伸びていく。

 そしてついに……


「ふぎゃああああ!」


 猫が怒った。前足を振りかぶり、後ろ足で蹴ってくる。

 たかし君は悲鳴を上げて吹っ飛び、僕の方は猫パンチを食らって転がった。


「いてえ!」

「なにすんだよこの野郎!」

「それはこっちのセリフだよ!」


 そう言いたげに睨んで怒っている様子の猫を前に、僕ら二人は次なる手を考える。


「俺、実は猫缶を持ってきたんだよ。こんなこともあろうとね。猫が大好きな奴だ」

「餌で猫を釣ろうというわけか。いいね、その手で行こう」


 だが、鞄から缶を出そうとした隙を突いて猫は逃げ出してしまった。


「あっ、待て!」


 猫は武人ではない。状況が不利と見るや逃走することも辞さない。


「逃げた! 猫が逃げた!」

「ちくしょう、こうなったら追いかけるしかない!」


 たかし君の提案に乗り、僕たちは必死になって逃げた猫を追いかける。

 しかし相手は人間よりも遥かに速い動物である。このままでは見失ってしまう。そんな時、道端の空き地に生えている物が目についた。


「あれはグリーンデストロイヤー! これは使えるかも!」

「そんな物を掴んでどうするんだ?」

「知らないのか? 猫はこれが大好きなんだぜ!」


 僕は走りながら手にした猫じゃらしをフルスイングする。風を切る音が心地よい。だが、猫は見向きもしなかった。


「ダメだ! 効果がない!」

「諦めるな! フェンス際に追い詰めたぜ!」


 猫はフェンスを跳び越えた。


「ちくしょう! なんて身軽な猫だ!」

「あそこにポリバケツがある! 足場にして跳ぶぞ!」

「分かった!」


 僕達は思い切り踏み込み、跳躍をする。


「ホップステップかーるいす!」

「うおおおぉぉ!」


 全身全霊を込めて放った渾身のジャンプ。空高く舞い上がった僕達は猫と同じようにフェンスを跳び越えようとした。

 だが、届かなかったのでなんとかしがみついてよじ登った。

 そして、跳び越えた先で何とか猫に追いついた。

 猫は安心したように前足を舐めていたが、僕達に気が付くと警戒したように猫耳を揺らした。


「はぁ……はぁ……やっと追いついた……」

「大丈夫か?」

「うん……それより早く捕まえないと」

「そうだな」


 僕はねこじゃらしを構え、たかし君は猫缶を取り出した。猫は警戒しつつも興味を持ったようだ。

 猫の瞳でそれぞれに手に持った獲物を見つめた。


「悪くない反応だぞ」

「よし、ここで一気に畳み掛ける!」


 僕は猫じゃらしを両手で持ち、左右に激しく動かした。

 すると、それにつられて猫の視線も揺れ動く。さらに、たかし君は缶詰を開けると中身の匂いを嗅がせる。

 これには猫も我慢できなくなったようで、とうとうこちらに飛びかかってきた。


「にゃーお!」

「かかった!」


 たかし君はすかさず猫を抱きかかえると、そのまま捕獲に成功する。


「やった! 作戦成功だ!」

「よくやった。さあ、後ろ足を引っ張るぞ!」

「了解! さあ、どこまで伸びるかな」


 僕たちは猫を前後に引っ張る。するとどこまでも伸びていくではないか。


「うわっ! すげえ! 猫ってこんなに伸びるのか!」

「どこまで伸びるんだこれ!?」


 たかし君は驚いたような声を上げたが、僕だって驚いている。まさか猫がこんなに伸びるなんて。


「おい、起きろよ!」

「はっ!」


 僕は目を覚ました。猫を触った興奮で我を失っていたようだ。


「よし、じゃあ今度こそ引っ張るぞ!」

「オーケー!」


 僕達は猫を前後に引き伸ばそうとした。その時だった。


「うちのニャオに何をしているんですか?」


 突然の冷たい声に振り返ると、そこには飼い主と思われる小さい少女が立っていた。


「ニャオ、おいで!」


 呼ばれると猫は素直に彼女の腕の中に飛び込んで抱き上げられた。

 僕たちは慌てて言い訳を考える。


「えっ、いや、これは……」

「猫と遊んでいたというか何というか」


 彼女の目線が冷たい。猫は何も気にしていない様子でだらんとしている。正直に言うしかなかった。

 告白すると少女は信じらないように目をパチクリさせた。


「どこまで伸びるか気になるですか?」

「ああ、うん、猫ってどこまで伸びるのかな?」

「さあ、私も試した事がありません」


 少女は自分の抱っこする猫を見下ろし、三人で引っ張る事にした。


「「「せーの!」」」

「ふぎゃあああ!」


 すると、猫が怒った。前足を振りかぶり、後ろ足で蹴ってくる。


「痛あああ!」

「ああ、飼い主いい!」


 僕とたかし君は二回目だから避けられたが、女の子はまともに食らっていた。吹っ飛んだ彼女は地面を転がる。


「いてて……ニャオに蹴られた……」

「大丈夫か?」

「私よりもニャオです。どこかに行ったりしていませんか?」

「うん、そこにいるよ」


 猫は何事も無かったかのようにペロペロと顔を洗っている。そして、僕達と目が合うとぷいっと顔を背けてとことこと歩き去っていった。

 猫は気高くて謎の多い生き物だ。僕たちは見送りながらそう思うのだった。

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