第61話 話し合いをしましょう

「――君が『帽子屋』の本当の姿なんだね。マッドハッター」

「そうです。この度は■王様の御命令で、そこの『魔女』の首を刎ねる為に参じてね」



 二度目の自己紹介を終えた『帽子屋』――マッドハッターは、悟に向けていたにこやかな視線を冷たいものに変える。その視線の先にいるのは、メフィストであった。



「幸い私と兄君で目標は同じ。止めは私にお任せ頂いても?」

「――ここまで追い詰めたのは僕だよ。急に割り込んできて、失礼じゃない。止めを刺す権利は僕にあると思うけど?」

「お言葉ですが、あと一歩の所で私が庇わなければ、命を落としていた止め思いますが。兄君殿?」



 一応の召喚者である悟に従う意志を見せないマッドハッター。その態度は、ハンプティ・ダンプティやジャバウォックと同様である。

 当然引く気もないのは、悟もである。



「後この際言っておきたいんだけど、君の魔法を解除してくれない? 助かってる部分もあるけど、違和感が強いんだよ」

「それは私に言われても。あくまでそれも■王様の命令ですから」



 マッドハッターは肩を竦めながら答える。これ以上会話を続けても、良い返事は得られそうにない。そう判断をした悟は、マッドハッターに告げる。



「――なら君が仕掛けた魔法をどうこうするのは、また今度にするよ。それでも、メフィストの止めは僕に譲ってくれないかな?」

「――そこまで仰るのですしたら、今回は退きましょう。ええ、私はただの『帽子屋』にすぎませんので。■王様の兄君殿に叛意を見せる訳にはいきませんから。あの『魔女』に止めを刺すのはお任せ致します。――それではご機嫌よう」



 不満を一切見せずに、マッドハッターは丁寧なお辞儀をした後、他使い魔同様にその姿を影の中へ消えていった。

 乱入者がいなくなり、悟は本来の敵であるメフィストの方に向き直る。



 メフィストは自身の使い魔であるバフォメットの巨体の下敷きになっており、意識を失っていた。

 悟は傍に控えさせていたトランプ兵に指示を出す。自分の大切な人達に無用な混乱をもたらして、弄んだ不届き者を始末する為に。

 


「――トランプ兵。その『魔女』を一旦拘束してもらえるかな? 意識を取り戻した時に暴れられても困るから」



 始末をすると言っても、悟にはメフィストの命を奪うつもりはなかった。あくまでも『魔女』としての活動が今後不可能になるような措置を行う程度を考えている。

 その方法が調伏予定のマッドハッターに記憶を操作させるか、あちらの悪魔に契約を破棄させるか。

 それは追々決めていこうと思い、悟は上空を見上げる。学校周辺に展開された結界は解除されていない。



 それが意味するのは、メフィストの契約悪魔の健在。つまりは黒兎が敗北したということである。



(黒兎が負けるなりしたら、その異常が契約者である僕に伝わるはずだ……! まさかあっちの悪魔の魔法で何かしらの妨害を受けていた……? そんなことは後でもいい……! 今は黒兎の安否を早く確認しないと!)



 引き続きトランプ兵にメフィストの拘束するように命令を下すと、黒兎と繋がっているパスに意識を集中させた。反応が感じられない。



「黒兎! どこにいるの!?」



 大声で辺りを見回して、黒兎を探す悟。そんな彼の前に、乱雑に黒兎の体が投げ捨てられる。



「――黒兎っ!」

「――一旦止まってくれませんかね。黒アリスさん」



 咄嗟に黒兎の元へ駆け出そうとした悟は、その声によって動きを止めた。悟が声の方向に視線を向けてみれば、そこにいたのは一匹の黒猫の姿をした悪魔――ビルであった。彼? の口には黒色の宝玉のような物が咥えられている。

 その宝玉らしき物からは、悟にとって馴染み深い魔力――黒兎の魔力が感じられた。悟の直感が最悪の可能性を告げる。



「物分かりの良い子はありがたいです。貴女のような方が私の契約者であったなら、苦労も少なかったでしょうに。――この通り黒兎の命は私が握っているので、少しだけお話に付き合ってもらえませんか? 黒アリスさん」

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