第57話 vs『魔女』メフィスト②

「Gaaaa!」

「Guuuu!」



 蛇に似た魔獣が、虎に似た魔獣が、蠍に似た魔獣が。地球上に存在する既存の動物を巨大化、凶暴化させたような怪物が群れを成して、チェシャ猫の背に乗る悟に襲いかかってくる。



「――チェシャ猫。迎え撃って!」

「Nyaaaa!」



 悟からの指示を受けて、チェシャ猫は前足を上げて迎撃の体勢をとる。それと同時に、悟はチェシャ猫の背から飛び降りた。

 使い魔を介さない悟が取ったこの行動は、常人では選択しないだろう悪手。悟はスカートを押さえながら、受け身を取り魔法を行使した。



「――『■■の■の■■・トランプ兵』」



 悟の足元の影から無数の異形――トランプ兵達が現れる。呼び出す時間は、術者である悟の成長に合わせて、初期に比べて格段に短縮されていた。

 攻撃の対象をチェシャ猫から、無防備になった悟に変更した虎に酷似した魔獣。咆哮を上げながら、黒アリスに変身した悟の柔らかい肉に牙を突き立てようと、飛びかかってくる。



 顕現したトランプ兵はすぐさまに、その両手に持った槍で虎型の魔獣を迎え撃つ。獲物の前に陣取るトランプ兵らを邪魔に思い、牙を引っ込めて前足による薙ぎ払いを行おうとする虎型の魔獣。

 その強靭な脚力を誇る前足が当たれば、悟はもちろんのことトランプ兵ですら、紙屑のように消滅させられてしまうだろう。



(……一瞬だけでも隙を作れたら、それでいい!)



 しかし攻撃をする対象を変えたことにより、虎型の魔獣の注意は散漫になる。目の前のトランプ兵が破壊された瞬間に、ドンと凄まじい轟音を立てて砲弾が虎型の魔獣の腹に命中した。



「Guaaaッ!?」



 思いもよらない一撃を受けた虎型の魔獣は、砲弾が貫通した腹からおびただしい量の血が流しながら、恨みのこもった視線を悟を向けて――絶命した。がくり、と糸の切れた人形のように虎型の魔獣の体が、砂埃を立てて倒れ込む。



「実戦に投入したのは初めてだったけど、ナイス命中!」



 悟は振り返り、虎型の魔獣に砲弾を叩き込んだトランプ兵に、親指で成功を褒める意図を込めた合図を送った。

 砲弾の撃ち手であったトランプ兵は、大砲から手を離し略式の敬礼を悟にした。



 悟が密かに魔法の練習の過程で生み出した産物の一つ。ある程度の知識が悟自身にありさえすれば、剣や槍以外の武装を持ったトランプ兵を召喚できるようになった。

 最も先の発言の通り、悟が従来の剣や槍が装備以外のトランプ兵を投入するのは初めてであり、中々分の悪い賭けでもあった。

 しかし結果的には、推定『討伐難易度』Bの魔獣を、不意打ちとはいえ一撃で仕留めることが可能になった。悟の思惑が正しければ、いずれは更に近代的な武装を施したトランプ兵団を召喚できる日も来るだろう。



 とは言っても、それは今の話ではなく未来のことになる。それだけではない。魔獣もまだ十体以上も控えている。

 悟が視線を前方にやれば、虎型の魔獣が瞬殺されたのを受けて、悟を狙っていた残りの魔獣達は足踏みをしている状態であった。



 少し視線をずらしてチェシャ猫の戦況を確認する。五体の魔獣に囲まれていながら、苦戦をしている様子は見られない。

 巨体に見合わぬ俊敏性を活かして、魔獣達を翻弄。敵が一塊になっている所へ、あのジャバウォックすらも後一歩の所まで追い詰めた、前足による打撃――猫パンチを繰り出す。



(チェシャ猫の方は大丈夫そうだね……。時間さえあれば、チェシャ猫の『強化召喚』を行ってから戦闘に入りたかったけど、無理は言えないね。さてと……)



 チェシャ猫が引き受けてくれている分を除けば、悟が倒さなければならない魔獣の数は十一体。新武装が解禁されたとはいえ、トランプ兵のみで処理できるかは未知数である。

 後に万全の状態であるメフィストが控えているのを考慮している悟は、できるだけ余力を残したいと思っていた。



(…だけど、最悪の場合は――)



 悟が足元の影に目線をやる。まだ完全な使役下に置いていない使い魔の強制召喚。それも選択肢に入れていた。



(ジャバウォックじゃなくても、『帽子屋』かあの卵男を呼び出せれば、魔獣の群れは壊滅できる上に、メフィストも圧倒できるはずだ……。それが制御できればだけど)



 しかしその選択肢は自爆も同然の行動でもある。悟は覚悟を決めて、トランプ兵を追加で呼び出して、魔獣の集団に向き直った。

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