第56話 vs『魔女』メフィスト①

 黒アリスに変身した悟は、チェシャ猫を召喚。その背中に乗り、大急ぎで校庭へ駆けた。

 幸い襲撃者達はその場から動いておらず、到着した悟達の姿を見つけると、嬉しそうに笑みを浮かべた。



「ねえ、やっぱり私の勘が正しかったでしょ? 黒アリスちゃんが最初に現れたこの学校に、こうやって襲撃を仕掛ければ必ず来るって」

「偶には当たりますねえ。貴女の勘は。それにしても、噂の黒アリスの契約妖精が、あの『契約者殺し』の黒兎でしたか」



 悟の耳に襲撃者達の話し合う声が届く。後ろの魔獣達に視線をやれば、その目には何も浮かんでいない。そして悟には似たようなものを最近見ている。

 洗脳されていた時のエリザと同様のものである。予想が正しければ、あの『魔女』の背後にいる魔獣達は完全に支配下にあるのだろう。

 その数は十七体。悟が感覚的に感じ取れる範囲では、魔獣の強さ――討伐難易度はおおよそB〜C程度。連戦になると厳しいものになるが、チェシャ猫であれば十分に対処可能である。



(問題は――)



 メフィスト自身の戦闘能力が不明な点である。取り巻きの魔獣の対処をチェシャ猫に一任しようとすると、悟一人でメフィストを相手にしないといけない。

 現状ジャバウォックの『腕』が使えず、切れる手札はトランプ兵のみ。どう行動すべきか。

 そう思考を悟が巡らしていると、メフィストが話しかけてくる。



「――ああ、ようやく会えて嬉しいわ。ご存知かもしれないけど、私の名前はメフィスト。今日は貴女を迎えに来たのよ? 黒アリスちゃん。さあ、『一緒に行きましょう』」



 メフィストの声は悟の脳髄の奥にまで響き、彼女の言葉は絶対に正しい。そう思い込みそうになるも、悟は自力で正気を保つ。



「――アリス! 大丈夫なんだな!?」

「うん、この程度なら問題ないよ。黒兎。幸いもっとキツい精神操作系の魔法が使える人? が僕の知り合いにいるからね」



 心配ないと黒兎に告げる悟に、メフィストは軽く驚いた様子を見せる。



「あらら。私程度の魔法じゃ効きが悪いわね。しかもその発言からすると、この前の事件のことを人々の記憶から消したのも貴女達みたいねぇ」

「そっちこそ。エリザ――他の『魔女』を洗脳したのは、君か。あの人は僕の知り合いだったんだよ。ちょうどお礼参りに行きたいと思ってた所なんだ。君から来てくれて嬉しいよ」

「そんなに熱いプロポーズは照れるわねぇ。貴女は良い『玩具』になってくれそうだし、遊んであげるわ。まずは小手調べ。さあ、行きなさい」



 パチン、と。メフィストは両手を叩くと、洗脳された魔獣達が悟目指して飛びかかってきた。



「――黒兎! 結界魔法は張らなくても、メフィストと魔獣は僕が引き受けるから! あっちが契約している悪魔の相手をお願い!」

「……だが、それではアリスの負担が……」

「僕のことは気にしなくていいから! 昔からの知り合いなんだよね。さっきからずっと、あの悪魔の方を見てたよ……黒兎。時間がもうないから、頼んだよ!」

「ま、待つんだな――」



 言いたいことだけを早口で言い切った悟は、黒兎の体を掴むと魔獣の群れに巻き込まれないように、上空へと投げ飛ばす。そして魔獣の攻撃を避ける為に、チェシャ猫に指示を出す。



「――チェシャ猫! 全速力で回避!」

「Nyaaaa!」



 ――こうして、二人の『魔女』による闘い。その前哨戦が開始された。





「――メフィスト。貴女のことだから、大丈夫だと思いますが、少しだけ離れますよ」

「ん? 別に構わないけど……あー、前に言ってたわね。あの黒兎さんが知り合いだって。私は黒兎さんの方には興味はないし、行ってくれば?」

「感謝しますよ」



 断りをメフィストに告げた契約悪魔であるビルは、彼女の肩から飛び降りて、因縁の相手の元へ向かう。――愛しき『主人』を裏切った、憎き妖精の首を刎ねる為に。



 ――『魔女』二人による闘いの傍ら、悪魔と妖精の戦闘も始まろうとしていた。

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