第55話 悪魔
「流石に多すぎないかな……これは」
午前中の授業が終わると同時に、悟達が通う中学校の校庭に複数の魔力反応を検知した。異常に気がつき教室の窓から校庭を覗く生徒達に紛れて、魔力反応の持ち主達に視線をやる。
十体以上の魔獣の群れを引き連れた少女と、その肩に乗る一匹の黒猫が印象深い。主犯と思わしき少女は紫色の長髪に、露出の多いの服。そして作り物とは思えない、彼女の腰辺りから伸びる尻尾。
纏う禍々しい魔力の気配からして、『魔女』と推測できる。
大量の魔獣や『魔女』の存在感に気を取られていたが、その『魔女』の肩に乗り油断なく辺りを警戒している黒猫も、魔力を保有しておりただの黒猫ではないことが伺える。
(……あの黒猫。もしかして……)
(あの黒猫が、さっき言おうとしていた黒兎の知り合い?)
(……ああ、そうなんだな。恐らくは吾輩と一緒に『彼女』に仕えていた奴なんだな。生きていたんだな。しかしこの感じ取れる魔力……。妖精から『堕ちて』いるんだな……)
(えーと……ちょっと待って。黒兎の言う『彼女』が誰なのかは後で聞くとして。妖精から『堕ちる』って、どういう意味?)
(それは――)
悟は魔法少女になったばかりの頃に、黒兎から妖精とはどういった種族なのかは聞いていた。
こことは違う世界の住人。人間を助けるのも善意からではなく、魔獣を倒した際に得られる『エネルギー』目当て。
その過程でどれだけ被害が出てもお構い無し。損傷が自分達の方に来なければ、という考えの元、地球で彼らは活動している。
『連盟』の設立には最低限の協力しかせず、魔獣発生の真実を伝えようとした妖精も、黒兎が知る限りは既に始末されているはずであった。
黒兎の言う、妖精が『堕ちる』。その意味は、妖精が自らの種族を見限り、敵対存在へ成り果てることを指す。
発生事例はほとんどなく、そのいずれもが討伐済みであり、『連盟』でもごく限られた者しか知らない存在。それは――。
(――悪魔。そう呼ばれているんだな)
(……悪魔)
(……悪魔は妖精を憎む種族。その動機が何であれ、とっくに正気は失っているんだな。その分妖精よりもたちが悪いんだな)
念話から聞こえてくる黒兎の声は、悟にはどこか動揺を隠そうとする声色に感じられた。無理もないだろう。先ほどの会話の内容から推察すれば、黒兎とあの黒猫は旧知の間柄というのは予測がつく。
けれどこのまま何もしなければ、恵梨香や利恵を始めとした、悟にとっての大切な人達が傷つけられてしまう。この前の借りを返しておきたい。悟はそうも考えていた。
「……黒兎。できるだけ、早く来てくれる? あっちがどのくらい待ってくれるかも分からないから」
(……了解したんだな。転移魔法を使えば、十分もかからない。吾輩が来るまでは無茶をしないでほしいんだな)
(うん、分かった)
そこで念話を切り、視線を『魔女』が率いる集団に戻す。先ほどから『魔女』は特に目立った行動は見せずに、肩に乗る黒猫に話しかけている。
(あの黒猫が、黒兎の知り合いか……。さしずめ契約悪魔か。『連盟』の妖精と対立関係にあるという点では、僕らと似た者同士と言えるけど、協力はできそうにないかな……)
悟がこう思うのには、先日の利恵が洗脳された件も関係しているが、それだけではない。
魔獣達の先頭に立つ『魔女』。その正体に特徴的な衣装から、悟はすぐに思い至った。
(……昨日調べた時に候補に挙げた内の一人。『魔女』メフィスト。彼女が下手人だったか……!)
『魔女』メフィスト。その強力な洗脳魔法で魔獣を使役して、甚大な被害を齎す魔女。それだけではなく、年齢の低い少女を連れ去り、彼女によって精神に深い傷を負った被害者の数は何十人にも及ぶ。
決して許されるべきではない危険人物。快楽目的か、それとも別の目的があるのか。その理由も分からず、多勢に無勢の闘いに突入することになるが、問題はない。
悟はそう結論づけた。
「ここでメフィストを倒せば、これ以上の被害者が出ることもない上に、あの悪魔と協力関係を築けるかもしれない」
実現する確率が低い未来が小声で呟きつつ、悟は混乱に陥っている他の生徒達に紛れ込み、人気が無い屋上へ登る階段に行く。
悟が踊り場に着くと同時に、転移門が開きその中から黒兎が現れた。
「――待たせたんだな。悟」
「ううん。問題ないよ。じゃあ、行こうか」
悟は魔力を身に纏い、黒アリスの姿へと変身する。そして彼らが向かうのは、悪魔の名を冠する『魔女』の元であった。
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