第46話 一件落着?
「えっと……落ち着いた?」
「まあ……うん。ごめん、取り乱して」
「いや、私の方こそ迷惑かけたみたいだし。ありがとう、止めてくれて」
黒兎が維持していた結界魔法が解かれて、しばらく経った後も悟はエリザに抱きついていた。平静を取り戻した悟は赤面しつつも、エリザから離れる。
その様子を微笑ましいものを見守るような表情で、『有栖川久留美』に似た少女は観察していた。
同年代程の少女の体に抱きついて、それから離れることに若干の名残惜しさを感じる自分に、嫌気が差す悟。そのモヤモヤとした感情を誤魔化すように、傍にいる自身とそっくりな容姿の少女に厳しい視線を送る。
「そんなに睨まないでほしいね。彼女を救えたのも、私のお陰でしょう? 私の魔法『■■■■■■』がないと、洗脳は解除できなかったんだよ?」
「それに関しては礼を言うけど、その生暖かい視線は止めてほしいよ……!」
「まあ、私はそろそろ帰るよ。厄介事も解決したし、これで■■様が怒って出てくることもないと思うから」
「ちょっと……! まだ君には聞きたいことが――」
「――悠長にしている時間があるの? もう『連盟』の魔法少女達が来ちゃうけど?」
慌てて少女を呼び止めようとした悟は、その言葉に息を飲む。
少女の忠告に間違いなく、当初決めていた制限時間を超えてしまっている。悟達がもたもたしている内に、いつ『連盟』の魔法少女が到着しても不思議ではない。
今は少女の忠告に従うのが懸命だろう。己の意図が正しく伝わったと理解した少女は、他の使い魔達同様にその姿を悟の影に溶け込ませていった。
それを見届けるよりも早く、撤退する為の準備にかかろうとする悟。その一環として、悟は少し離れた場所で静観していた黒兎に声をかけた。
「――黒兎! 魔力残ってる!? 急がないと、『連盟』の魔法少女が!」
「――了解したんだな! 転移魔法一回分の魔力ならあるんだな!」
「なら、至急お願い!」
そう大声で黒兎に頼んだ後、悟は立ち上がり地面に座り込んだままのエリザに手を差し伸べた。
「エリザ。早く戻ろっか?」
「え……あ、うん」
差し出された悟の手を前に逡巡した様子を見せるも、しっかりと握り込んだ。感じられる体温を通して、これが現実であるという実感を得る為に。
「――アリスに、エリザ! 転移魔法の準備ができたんだな!」
未だに聞こえる人々の混乱の声が響く中、黒兎の声が二人の耳に届く。そして立ち上がった彼らは、転移『門』の中に消していった。
■
「あー……もう帰っちゃたかー。アリスちゃんの活躍も見れたし、十分かな。でも、最後のあれは頂けないなー。あのアリスちゃんにそっくりの子。あの子がいなかったら、もっとアリスちゃんの苦痛に歪む顔が見れたのになー」
悟達が転移魔法で撤退していく様子を、離れたビルの屋上から観戦していたメフィスト。彼女の顔に浮かぶのは、『魔女』の悪名に相応しい邪悪な笑みであった。
とある■■の契約を受けて『魔女』になったメフィストは、自分好みの少女を見つけては魔法を使い、自らの領域に持ち帰り『遊んで』いた。
そんな彼女の悪行は『連盟』で問題視されて、何度も捕獲部隊が結成されたが、その尽くを退けて逃げおおせている。
そもそも職務に忠実なのは人間達だけであり、妖精は最低限の協力しかしないのも、原因の何割かは占めているが。
彼女が悟――黒アリスに興味を持ったのは、偶然である。つい最近『壊れて』しまった少女を適当な場所に放置して、新しい『玩具』を探している最中。持っていたスマホでニュースを流し見ている時に、黒アリスの情報に行き着いたのだ。
「次はアリスちゃんをお迎えに行きたいかなー。いや、もう少しだけちょっかいでも出そうかな? あの小さい癖に澄ました顔が、どんな風に歪んでくれるのかなぁ?」
興奮して顔を紅潮させて、息を荒げながら狂った台詞を吐くメフィスト。夕日が完全に沈み、街中に建造物の灯りの他に、パトカーや救急車の点滅するライトが加わる。それらは、非日常が身近にあることを改めて人々に意識させた。
パチン、と。小気味よい、しなやかな指が鳴らされた音が響いた後。屋上には一人の『魔女』の姿はなかった。
■
「――流石に、今回の一件は見逃せないな。最近は一般人を襲うような活動が見られないから、黙認していたが……。――『魔女』エリザ。彼女の確保を最優先任務とする」
「――了解」
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