第45話 君は誰だ?
「――うん。お疲れ様、お兄ちゃん」
チェシャ猫も瀕死の状態まで追い込まれて、呼び出す対象を定めないまま行使された悟の魔法。そんな無茶な要望に応えたのは、黒のドレスに白色のエプロン姿の少女――黒アリスに変身した悟に瓜二つの容姿をした少女であった。
「く、久留美……?」
「うん、そうだよ。要件は何かな?」
思いもしなかった人物の出現に対して、その場にいた者の反応は様々であった。洗脳されているエリザは、新たな乱入者を警戒して距離をとる。
結界魔法の維持に尽力していた黒兎は、驚愕しつつも事態を冷静に分析する。
(あれが悟の妹なんだな……。悟に聞いていた通り、悟が変身した姿にそっくりなんだな……。悟が魔法少女に変身できたのも、彼女に理由が?)
黒兎からの視線に気づいたのか、少女は黒兎の方に顔を向けて右手を振る。
「黒兎さんだっけ? いつもお兄ちゃんがお世話になってます。ありがとうね」
「ど、どういたしましてなんだな……」
黒兎は若干困惑した様子で、何とか礼を返す。
ニコニコという効果音が似合う笑みを浮かべて、少女は黒兎から視線を悟に戻した。一方の悟は状況を飲み込めてないのか、少女を見つめて呆然としていた。
(あの時――チェシャ猫やハンプティ・ダンプティが初めて勝手に出てきた時に会った時の久留美と同じなのか? いや、そもそも――)
「どうかしたの?」
「――君は誰だ?」
右手を顎に添えた状態で、コテンと首を傾ける。その仕草から、少女は本当に訳が分からないといった表情をしていた。
「……何のこと?」
「――久留美はこんな状況で笑っていられる程、優しくない子じゃなかったよ。前会った時は気が動転してたから気がつかなかったけど、君は久留美ではないよね?」
断定するように、問いかけた悟。そんな彼に対して、久留美の姿をした少女は諦めた風に口を開く。
「やっぱり実の兄妹は互いのことが分かるものなんだね。お察しの通り、私は君の妹である『有栖川久留美』ではなく、その姿を借りている存在だよ。まあ、今は私の正体より、彼女のことに専念した方がいいんじゃない? 私が来たのも、その手伝いの為だから」
右手でエリザの方を指差す少女。エリザの暴走を食い止めることと、目の前の少女の正体。
その両方を天秤にかけて、悟が下した決断は――。
「――力を貸してくれないかな?」
「――もちろんだとも。その為に私が来たからね」
――エリザを洗脳から解放することであった。久留美を騙る少女の正体が気にならないと言えば嘘になるが、それ以上に今の状況ではエリザを優先すべきと結論に至った。
(……この子は僕の魔法で現れた。トランプ兵やチェシャ猫と同類、使い魔と考えられる。どんな能力が使えるのやら……)
「君の能力は?」
「私の? 説明するよりも、実践した方が早いかな? ちょうど目の前にいる今の彼女に対して、私の魔法は天敵に近いだろうからね」
少女の魔力が高まり、異常を察知したエリザは『ブラッド・パルペー』により深紅の鎌を構え直して、一気に接近してきた。
今まさに少女、悟の両者の首を同時に刎ねようと瞬間に、少女の魔法の発動が完了した。
「――『■■■■■■』。これで勝負ありだね」
少女の口が魔法を唱え終わると、エリザの体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。呆気ない勝利に呆然とする前に、悟の体は反射的に動いていた。
倒れ込むエリザを、一回り以上小さい体で受け止めようとした。変身している今、エリザの体の方が大きい為、支え切れずに悟はエリザもろとも地面に倒れ込んでしまった。
「うっ……大丈夫!? エリザ!」
自分の体が痛むのも無視して、悟は慌ててエリザの顔を覗き込んだ。先ほどまでの正気を失った瞳の色ではなく、動揺が見えるも洗脳が解けたことが伺えるものであった。
エリザの目線が悟を捉える。
「あ、あれ……アリス? これ、どういう状況?」
「よかったぁ……エリザが元に戻って」
下敷きになっていた状態から抜け出して、悟は目に涙を浮かべつつ、エリザの体に抱きついた。
「えぇ……これって、どうしたらいいの?」
「さあ? 役得だと思って受け入れたら?」
「って、アリスが二人!?」
「私のことは気にしなくいいよ」
「気にするなんて無理じゃない!?」
事態が飲み込めないまま、慌てふためくエリザを他所に、彼女の暴走は食い止められた。
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