第32話 一方的な交渉の末路

「――悟。やっぱり今回の襲撃は悪手じゃないんだな?」

「うん。そうだよね……。僕もそう思うよ」



 ダイヤモンド・ダストを一時的に無力化した後、一方的な交渉という名の要求を悟は突きつけた。



 つい先ほど交わした会話の内容を、悟は思い起こした。





『――僕から、貴女達『連盟』に言いたいことは一つだけです。僕と黒兎に関わらないでください』



 毅然とした態度で言い放った言葉は、スノーマンの反論を生む。



『一応君も存じていると思うが、我々『連盟』の役割は魔法少女達の保護・管理だ。一個人が持つには魔法の力は強大すぎる。それのせいで、不可抗力であるとはいえ暴走してしまった少女がいたのは、君も覚えがあるだろう?』



 悟の脳裏に浮かぶのは、一人の『魔女』烙印を押された少女。血を操るという汎用性の高さの代わりに、他者の血や魔力を欲してしまうという欠陥。

 それを抱えた彼女は、黒兎に出会うまで暴れ回る日々を送っていた。



『――特に君が契約している黒兎は、『契約者殺し』。今までの契約者同様に、使い潰されるだけだ』

『――黒兎のことを悪く言うのは止してください。そもそも貴方達は知らないですよね。僕達が何を目的としているのかを。伝えた所で『連盟』全体――世界中に余計な混乱を招くだけですから、言いませんが。――チェシャ猫、行って』

『Nyaaaa!』



 チェシャ猫に指示を出して、その場から離れようとする前に、悟は言葉を溢す。



『――最後に一つだけ。黒兎が今まで契約していた子達。別に死んでいませんよ?』

『な、それはどういう――』



 スノーマンの疑問を終わりまで聞くことなく、悟達は離脱していった。





「……考えれば考える程失敗だったね。あの言い方じゃあ、僕の『魔女』認定も解除されなさそうだし」

「自覚があるんだったら、無茶な真似は止してほしいんだな……」



 悟は回想を打ち切り、黒兎の転移魔法によって自宅へと帰還した。そのまま変身を解除した悟は、心底疲れた表情をしてベットに潜り込んだ。



「黒兎。もう寝るから起こさないで……」

「分かったんだな。おやすみなんだな」

「うん。おやすみ……」



 よほど疲労が溜まっていたのか、数分も経たない内に寝息が聞こえてきた。

 その様子を見て、黒兎は笑顔を浮かべつつ、今後の展開について思いを馳せる。



「悟の……アリスの『魔女』認定は今回の襲撃で確実に解除はされないだと思うんだな。それに加えて、吾輩の過去の契約者達についてより詳しく探ろうとしてくるはずなんだな……」



 悟と契約する以前、当然ながら黒兎は契約者がいた。魔獣を遊び感覚で生み出す、『彼女』を打ち倒す為に。

 魔獣をエネルギー源としか見なしていない他の妖精及び、『連盟』を頼ることができずに、黒兎は野良妖精として未登録の魔法少女を増やし続けた。

 もちろん彼女達の安全には最大限の注意を払ってきた。それでも魔獣の討伐を繰り返すのは不可能であった。



 日々の戦いで傷ついていく契約者達。未登録の魔法少女ということもあり、妨害をしてくるのは『連盟』の魔法少女も加わってくる。



 契約者達のことを慮った黒兎は彼女達との契約を破棄して、一般人として過ごせるように、最大限の手助けをしてきた。そのお陰で、黒兎の歴代の契約者であった少女達の正体は『連盟』に補足されずに済んでいた。



 これが黒兎が『契約者殺し』と呼ばれる事実の真相であった。それから固定の契約者を持たなかった黒兎は一部の『魔女』――エリザのような魔法が不安定な未登録の魔法少女――を助ける活動に従事していた。



 彼本来の願い――『彼女』の願いを叶えることを半ば諦めながら。



『――黒兎。どうか、私を殺しにきてくださいね』



 『彼女』――正気を失い、この世界の混沌を落とす原因になった一番最初の契約者であった『聖女』であった少女の願い。



 それを可能とできる、新しい契約者を見つけることができた。悟のことだ。未だに少年であった悟が、魔法少女として変身できたのか。

 悟が言う、彼の精神世界に姿を現した妹。使い魔として、不穏な態度を見せるハンプティ・ダンプティ。



「片付けないといけないことは山程あるんだな。それでも君の願いは必ず叶えるんだな、■■」



 次の日の朝。ネットニュースで確認した所、当然のように悟の『魔女』認定は解除されておらず、ダイヤモンド・ダストを降したとして、より脅威として見なされるようになった。



 その事実に主従で頭を抱えることになるのは、また別の話になる。





「……以上が報告です。」

「――そうか。君程の魔法少女でも、負けてしまったか」



 ダイヤモンド・ダストが黒アリスに敗北してしまった後。当たり前ではあるが、『連盟』に報告しなければならない。

 スノーマンの残存魔力で転移魔法を使用しもらい、『連盟』の支部に帰還。

 その後、命令を出した玲香に報告しに来た。



 ダイヤモンド・ダストだけでは不足していた情報を、時折スノーマンが補足しながら、黒アリスに関しての報告は終了した。

 その内容に、玲香は渋い表情を浮かべた。元々ダイヤモンド・ダストの戦闘能力を見込み、黒アリスを迅速に保護できるだろうという予想で、彼女に指示を出したのだが――。



 結果は不意打ちに近いとはいえ、ダイヤモンド・ダストの敗北に終わってしまった。これは彼女自身の能力不足ではなく、大人である玲香の黒アリスに対する認識が甘かったことが原因だ。過度に責める訳にはいかない。



(――黒アリスは今回の戦闘に入る前から、魔獣との戦いを繰り返している。それを考慮しても、短期間での異常なまでの成長速度。『魔女』としての警戒度を上げるか。しかし彼女の行動を考えれば、こちら側から仕掛けなければ余計な衝突は発生しないはず。けれど――)



 ――黒アリスが去り際に残した言葉。今まで黒兎と契約していた少女達は生きている。彼女の発言を信じるならば、そうなる。

 少女達が平穏に暮らせるように、黒兎が徹底的に彼女達の存在を隠していたということになる。

 そうであるなら、黒アリスを無理をして捕獲に乗り出す必要性はなくなる。



(どうしたものか……)



 ――だが、そうなると黒兎の目的はより一層に不可解さを帯びていく。それを了承して動く、黒アリスの動向にも注意を払わなければならない。



「――暫定的ではあるが、黒アリスをより高位の『魔女』とする。しかしこれまでの行動を考慮して、積極的に接触する必要はない」

「そ、それは……」



 玲香の決定に、不満そうな顔を見せるダイヤモンド・ダスト。先日に指示を受けた時には見せなかった顔をして、彼女は言葉を続ける。



「――私に黒アリスの相手を任せてくれない?」

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