第31話 vsダイヤモンド・ダスト②

「……本当にやる気があるのか」

「……無駄な努力。理解しかねる……」



 黒アリス側から先制攻撃を受けてから、既に十分以上が経過していた。無人の倉庫街。アスファルトで整備されたそこは、先ほどまでとまるで別の場所のようであった。



 凍りついた地面。降り積もった、季節外れの雪。その中心部に立つ白髪の少女。冷たい視線で何も感じられない無表情。淡々と襲いかかってくる使い魔を処理していた。

 悟が差し向けるのはトランプ兵。悟の魔法で召喚できる中で、魔力が続く限り呼び出せるのはトランプ兵のみ。

 他の使い魔は一度完全に破壊されると、再召喚できるのには一日以上の時間が必要となる。

 これは悟が魔獣討伐を進めていく中で判明した事実になる。もちろん、その事実はダイヤモンド・ダスト達は知らないのだが。



 際限なく投入されてくるトランプ兵を、表情を動かすことなく倒していく契約者に当然という顔をしつつ、スノーマンは周囲の警戒を怠らない。



 多少の疲労が蓄積しているのか、無表情であるものの、眉を潜めているダイヤモンド・ダスト。



(流石にダイヤモンド・ダストとはいえ、疲れるか……。しかし――)

 


「――襲ってくるのはトランプ兵……。黒アリスの使い魔であるのは間違いない。しかし噂に聞く『チェシャ猫』等のA級の魔獣に匹敵する使い魔を投入してこないとは。ただの嫌がらせなのか?」



 独り言で考察を口にするスノーマン。しかしそれも無理はないだろう。単体で敵わない使い魔を集団で送りこんできているとはいえ、ダイヤモンド・ダストの魔法の前では的にしかなっていない。

 意味のない攻撃が十分以上続いているのだ。元々職務にそれほど真面目ではないダイヤモンド・ダストのことだ。集中力が多少緩んでしまっているだろう。その分、スノーマンが目を光らせていたのだが――。

 ――黒アリスも、その隙を狙っていたようだ。



「Nyaaaa!」



 どこからともなく、強大な魔力反応が氷の主従の感知範囲内に入る。その方向へ視線を向けてみれば、巨大な猫を模したぬいぐるみ――記録で見たチェシャ猫がそこにいた。

 黒アリスのが現状保持している最高戦力。ようやく相手がその気になったと思い、スノーマンは契約者に視線を送る。



「……討伐対象、出現。これより戦闘に入る」



 それを合図に、ダイヤモンド・ダストはスノーマンの飛行魔法を受けて、チェシャ猫に接近する。



「――『ブリザード・ランス』」



 チェシャ猫に肉薄する一瞬で、ダイヤモンド・ダストの右手に生成される氷の槍。すれ違いざまに突き刺そうと、思いっ切り力を込められた。

 今までどんな魔獣も葬り去ってきた一撃は、チェシャ猫の表面には刺さらなかった。



「くっ……!?」

「Nyaaaaa!」



 傷をつけられてこそないものの、痛みを感じたチェシャ猫はその巨体でダイヤモンド・ダストを弾き飛ばす。飛行魔法による姿勢制御を失い、地面に叩きつけられる。



「かはっ……!」

「大丈夫か……!? ダイヤモンド・ダスト!?」



 地面に叩きつけられた衝撃で、息が血と一緒に吐き出された。致命的なまでの隙を晒したダイヤモンド・ダストに、チェシャ猫はその鉤爪を振り下ろそうとした。



「うっ……」



 痛みに備えて、目を瞑り耐えようとするダイヤモンド・ダスト。しかしいくら待てど、激痛が走ることはない。それに違和感を覚えて、恐る恐る眩を持ち上げた。

 チェシャ猫による攻撃は加えられておらず、前足を振り上げた姿勢のまま、静止していた。



「……スノーマン。何かした?」

「私は何も――」

「――少しだけ話をしたいんだけど、いいかな?」



 二人の会話を遮るように、第三者の声が被せられる。ダイヤモンド・ダストが声の方向に視線を向ければ、声の出処はチェシャ猫の真上から聞こえてきた。

 幼い少女の声だ。ダイヤモンド・ダストには聞き覚えのない人物の。反対にスノーマンは『連盟』の情報部から渡されたデータの一部で聞いたことがあった。



 チェシャ猫の背中から顔を覗かせる少女。白髪に、黒色の大きなリボン。黒色のエプロンドレス姿。

 先ほどまで使い魔を差し向け続けていた下手人――黒アリスだ。



(……わざわざ姿を見せるとは。あの使い魔で攻撃を続けていれば、勝てたはずなのに。交渉のつもりか?)



 黒アリスの行動に疑問を抱きながらも、ダイヤモンド・ダストに小声で忠告を入れておく。



「……ダイヤモンド・ダスト。勝手に動かないように。あちらもこれ以上、攻撃をしてくる様子を見せない。話を聞くだけ聞いてみよう」

「……了解」



 渋々ながらダイヤモンド・ダストは承諾した。後はどのような要求を突きつけられるか。スノーマンは内心で覚悟を決めていた。





「――少しだけ話をしたいんだけど、いいかな?」



 できるだけ平静を装い、悟は眼下の二人の人物に問いを投げた。



(我ながら危ない賭けだったかな……。でも仕込みが上手く効いてくれたみたいで助かった……)



 悟が使役可能な最高戦力のチェシャ猫。『連盟』の魔法少女二人に対して、終始優勢であったが、ランキング上位のダイヤモンド・ダストは違う。

 悟や黒兎の予想では、チェシャ猫であったとしても、万全なダイヤモンド・ダスト相手では善戦はしても敗北は免れなかっただろう。



 その為、悟は他の使い魔――トランプ兵を使った物量戦で消耗を図った。といっても、ただ徒にトランプ兵を投入しても、悟の方が先に魔力切れになってしまう。

 それを回避する為に、黒兎に補助魔法を使用してもらっていた。



 トランプ兵一体ずつに、倒されることをトリガーに発動する精神操作系の魔法をかけてもらっていた。その名も『惑いの狂時計』。

 ダイヤモンド・ダストやその契約妖精に感づかれる可能性もあり、危ない橋であった。



 黒兎の精神操作系の魔法、『惑いの狂時計』。その効果は、対象の集中力を一時的に狂わせる。ただそれだけの効果だ。ダイヤモンド・ダスト相手では一回の使用では無駄打ちにしかならない。

 唯一力が拮抗できる可能性があるチェシャ猫が攻撃を放てる隙を掴む為に、トランプ兵の集団を絶え間なく送り込んでいたのだ。



 そのせいで、悟の魔力も半分以下になっており、黒兎の魔力も転移魔法一回分しか残っていない。『惑いの狂時計』の効き目が薄かったりしていれば、今頃地面に横たわることになっていたのは、悟達の方であったに違いない。



(相手を会話の席に着かせることには成功した……本番はこれからだ)



 魔力が消耗していることを悟られないように、ダイヤモンド・ダスト達との交渉を開始しようとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る