第28話 次なる強敵/すれ違い

「――という訳だが、ダイヤモンド・ダスト。君には『魔女』エリザと黒アリスの確保をお願いしたい」

「……了解」



 『連盟』の支部。エリザからの襲撃による被害は、人的なものはほぼなく、その大半は建造物の損壊が占めていた。その損傷部分も、他所の支部から派遣してもらった魔法少女によって既に修復済みだ。

 よってその支部の代表とも言える立場にいる女性――田崎玲香は早々に次の方針を掲げた。



 出張で遠くの支部から来ていた一人の魔法少女に、最近お騒がせ者である『魔女』――黒アリスの確保を願い出たのだ。

 玲香直属の二人の魔法少女。アクアとフレイム。当初黒アリス確保の任務は彼女達に任せていた。しかし計二回の戦闘に及び逃亡を許し、その際に確認できた相手側の戦力を考慮して、より上位の魔法少女の派遣を玲香は申請した。

 その結果、玲香がいる支部にやって来たのが先日も近隣エリアの魔獣をあっという間に駆逐した魔法少女――ダイヤモンド・ダストであった。



 魔法少女ダイヤモンド・ダスト。その強さは折り紙つきであり、半年に一回行われる魔法少女ランキングを決める投票で十位前後に位置する、文句なしの最強の一角。そう言っても過言ではないぐらいだ。



 髪を含めて全身が真っ白な少女――ダイヤモンド・ダストは玲香の指示に短く返答する。普段から接しているアクアやフレイムとの違いによる困惑を感じつつも、玲香はそれを内心にしまい、ダイヤモンド・ダストに尋ねる。



「――何か聞いておきたいことはないか?」

「……別に何も。黒アリスっていう『魔女』を捕まえてくる。それだけの任務でしょ?」

「そ、そうか。それは頼もしいな。しかし何かないか? 黒アリスの魔法についてや――」

「……必要ない」



 玲香の遠回しの善意をすっぱりと断るダイヤモンド・ダスト。取り付く島もない彼女の様子に、玲香はこめかみがぴくぴくとしてしまう。

 苛立ちと呼ぶには大袈裟な感情を、大きく息を吸うことで落ち着ける。そして玲香はもう一人の『人物』に同じ質問を繰り返す。



「――では、スノーマンの方はどうだい?」

「――お言葉に甘えて。件の『魔女』達の魔法について、ご教授を頂ければ」



 ダイヤモンド・ダストの右肩に拳サイズの雪だるまの形をした妖精――スノーマンが現れる。落ち着いた雰囲気の大人を思わせる男性の声。そんな声で玲香に、『魔女』達の魔法について聞いてきた。



「なら説明させてもらおう。まず君達が相手をする内の一人。『魔女』エリザの魔法だが――」



 玲香の話をスノーマンは頷き、時に質問をし、より詳細な情報を記憶しようとしていた。それに反して、ダイヤモンド・ダストは興味なさそうな感じで、部屋のあちこちに視線を向けていた。

 玲香はそんな彼女に特に注意をすることなく、スノーマンとの会話に集中した。こういった態度をとったのがフレイムであれば、注意の一つでもするのだが、彼女は余所の支部から派遣されただけだ。決して玲香の直接の部下という訳ではない。

 下手に機嫌を損ねて、やる気を削いでも双方にとって不利益なことしか発生しない。それを考慮して、玲香は少しの間目を瞑ることにした。



「――以上で説明は終わるが、他に不安点は?」

「いや、ダイヤモンド・ダストの実力なら問題なく『魔女』二名の拘束は可能だろう。情報感謝するよ。行こうか、ダイヤモンド・ダスト」

「……了解」



 その言葉を最後にして、ダイヤモンド・ダストとスノーマンは部屋から退出していった。室内の空気が多少和らぐ。

 誰もいなくなった部屋で玲香は大きく腕を伸ばし、肩の力を抜く。



「……やっぱりランキング上位の魔法少女は接しづらい。いつものあの子達の方が何倍も接しやすいだが……。気を落としすぎていないといいが」


 



 臨時休校が解除されて、悟は通常通り学校への通学路を歩いていた。ある程度進んだ所で、立ち止まる。

 暖かい陽だまりの中を、目を細めながら悟はある人物が来るのを待っていた。



「おはよう! 有栖川君」

「おはよう、佐々木さん」



 その人物は幼馴染の恵梨香であった。彼女は悟の姿を見つけると、元気よく挨拶をした後パタパタと足音を鳴らしながら、早足で近づいてきた。

 やって来た恵梨香が乱れた呼吸を整えるのを待って、二人は一緒に歩くのを再開した。



「休日中は何をしてたの?」

「え? そうだね……」



 とりとめのない雑談の途中で、恵梨香からの質問。それに対して、悟はどう答えようかと思考を巡らす。正直に話す訳にもいかない。

 魔法少女に変身して魔獣退治。魔法の練習。『魔女』エリザとの会合。悟自身の暴走に、『連盟』の魔法少女フレイムとアクアとの戦闘。チェシャ猫の加入。そしてその中で押し付けれた『魔女』の烙印。



 こんな破茶滅茶な二日間の出来事を直接話せない。ウンウンと唸る悟に、恵梨香は「はあ……」と呆れたように大きく息を吐き、顔に寂しそうな笑みを浮かべる。



「何か変わったね……有栖川君」

「そ、そうかな……?」

「言いづらいことだったら、別に聞かないから。早く行かないと学校遅れちゃうよ?」



 そこで会話は終わってしまい、二人は気まずい静寂の中無言で歩き続けた。



(メールでも聞こうと思っていたあの子……黒アリスのことについて聞ける雰囲気じゃないよね。返事も『次会ったら、話をしよう』っていう感じだったし)



 ゆっくりとした歩幅で隣を歩く悟に視線をやる。恵梨香から見た悟の様子が変わっているように感じられたのは、決して勘違いではないと、彼女の中の勘が告げていた。



 ――確実に有栖川悟は三日前――魔獣に恵梨香が襲われかけて、黒アリスに救われた日を境に変化していた。その変化が好ましいものであるかは彼女には分からかったが。



「……私に力があったらな」

「ん? 何か言った? 佐々木さん」

「何でもないよ」



 恵梨香の呟きは悟には聞こえず、彼女自身も誤魔化し歩を進めた。

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