第27話 vsフレイム&アクア③

「ふう……ようやく一息がつけるよ」

「お疲れ様なんだな」



 黒兎の転移門を潜り抜けた先は、見慣れた悟の自室であった。予想以上に体力を消耗してしまった悟はベットに倒れ込む。

 変身を維持する力もなかったのか。黒いエプロンドレス姿の少女から、変哲もない中学男子のものになっていた。



 ベットに突っ伏したまま、指を動かそうとすらしない。そんな悟に労いの言葉をかける黒兎。返事をする気力すらないようだ。



 チェシャ猫の時間稼ぎのお陰により、アクアとフレイムからの追跡を振り切った後。魔法の練習に付き合ってくれたエリザに後日再会の約束を取り付けて、一旦別れを告げた。

 初見はただの黒兎の協力者と印象でなかったエリザ。何なら『魔女』という肩書き持ちだ。お世辞にも悟の中では良い印象とは言えなかった。



 しかし実際に会話を重ね、連続で襲いかかる危機を乗り越えることで、その第一印象は覆った。家族や幼馴染である恵梨香とはまた違った信頼が芽生えていた。

 流石に本当の正体――悟が男であること――は明かしていないが。



(――また、今度か)



 再会の約束自体は珍しいことではない。恵梨香やその多のクラスメイト達を相手に、文言は変われど日常的に利用している。

 しかしエリザと交わしたそれは、普段のものとは違う感覚であった。



 黒兎の願いである、魔獣の根絶。達成するまでの道中でしか悟自身が命を落としてしまう可能性もある。その難題に立ち向かう中で、背中を預けるのに足る人物が現れて、嬉しく思っているのかもしれない。



 寝返りをうった悟の目に映るのは、知らなくはない天井。綺麗とも汚いとも言えない、年月の経過を感じさせる天井。悟の日常を象徴――するとは言えないが、一部ではある。



 それを含めた全てを守る為に、心強い味方を一人得た悟は改めて決心する。



「――もっと頑張らないと」





「あー、また逃げられちゃったや」



 フレイムの呑気そうな声が虚しく響く。アクアは『門』があった場所を見つめたまま、ぼうっとしている。まさに心ここにあらずといった様子だ。



「うへえ……またあの人に怒られる……」



 残念そうな発言から続けて、悲観的な様子のフレイム。彼女が言う『あの人』とは、『連盟』でのフレイムとアクアの直属の上司にあたる人間のことになる。

 『連盟』所属の魔法少女は個人ごとの性格や資質を考慮して、『連盟』の職員が最低でも一人の担当がつく。

 アクアとフレイムの場合、お互いの魔法の相性によりコンビを組ませられることが基本になっている。



 二人が言う『あの人』と会ったのは、つい先ほどのことで、『魔女』エリザによる支部襲撃に関しての報告を行った時だ。



 『あの人』――田崎玲香。それがアクアとフレイムの上司にあたる人物の名前であった。容姿に関して言えば、同性である二人からしても見惚れる程美人であり、性格も真面目でアクアが最も尊敬している大人でもある。



 ただその生真面目な性格が度々被害を拡大させてしまうフレイムに、雷を降らすことがある。彼女達が所属する『連盟』の支部ではその光景が風物詩になるくらいだ。



 フレイムが憂鬱な様子であるのは、玲香の注意を恐れているからだ。一方のアクアが落ち込んでいるのは、全く別の理由だ。

 アクアの中に存在する謎の違和感。それを解消できなかったことが原因になる。その違和感の正体に辿り着く鍵になるであろう人物――『魔女』黒アリス。彼女と対話できそうな機会を失ってしまった。



「それで実際に見てみた感想はどうだったの?」

「――それがやっぱり彼女と会ったような気がするのですが、思い出せないんです。やはり直接尋ねなければ……」



 アクアの記憶には、黒アリスに関する情報は最近のものしかない。そうであるはずなのに、どこかで会った。そんな引っかかるものがある。



「それにしても、あの巨大な猫のぬいぐるみ……でしょうか? フレイムが戦った時の報告にはなかったはずですが……」

「うん。私が昨日戦った時にはいなかったよー。にしても強すぎじゃない、あれ。黒アリスはチェシャ猫って呼んでたような気がしたけど……」

「チェシャ猫……」



 チェシャ猫と言えば、『不思議な国』を舞台とする童話の登場人物の一人――一匹だ。作中では猫でありながら人語を解し、自分の身体の一部を自在に消したり等。他の登場人物に劣ることのない異彩を放つキャラクターであったが――。



 黒アリスが使役していたチェシャ猫。店に商品として陳列されているような美しさはなく、素人が作ったぬいぐるみを大きくした見た目。

 可愛らしさはなく、ただただ不気味としか言いようがない感じであった。その部分は童話に登場するチェシャ猫と通ずる部分がある。

 それ以外にも、目撃情報にあった『腕』と、トランプ兵に謎の高魔力反応。恐らく黒アリスの魔法は『召喚』系――魔力で創り出した使い魔を意のままに操る効果を持つ魔法になるのだろう。



 トランプ兵だけであれば、数は多いが広範囲の魔法を得意とするフレイムで対処可能だ。しかしチェシャ猫の存在が脅威となる。アクアとフレイムの二人がかりで力負けする程のパワー。それに応じた耐久力に、魔力。

 打倒できるとしたら、上位陣の魔法少女ぐらいだろう。他にも同程度の強さを有する使い魔を使役できると考えれば、黒アリスの危険度は更に高まる。



 今回の報告を聞いた上層部は、アクア達よりも高位の魔法少女を宛てがうだろう。相手が『魔女』二人ともなれば、『連盟』もその対応に本腰を入れてくるに違いない。



 そんなアクアの考えは的中することになる。『魔女』黒アリスと『契約者殺し』黒兎の対処に、魔法少女ダイヤモンド・ダストの派遣が決定された。

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