第29話 魔獣退治の日々

「――『■■の■の■■・チェシャ猫』!」

「Nyaaaa!」



 魔法少女の姿に変化した悟の口から、魔法の詠唱が紡がれた。それと同時に悟の影から、巨大な猫のぬいぐるみを模した怪物――チェシャ猫が勢いよく飛び出してきた。

 ズシン、と。コンクリートの地面に亀裂を入れながら現れたチェシャ猫は、己の半分の大きさもない敵と対峙した。

 その敵とは三体の魔獣であった。大型犬を更に大きくした狼のような魔獣。その牙で悟の首を狙おうとしているようだが、目の前のチェシャ猫の巨体を警戒して唸り声を上げるだけに留まっている。



「Gaaaa!」



 三体の内の一体。リーダー格の魔獣が雄叫びを上げた。それを合図として、連携を取りながら飛びかかってくる。チェシャ猫は慌てた様子も見せず、前足で薙ぎ払う。



「Gaaaa!?」



 たったそれだけの動作により、三体の魔獣は派手に吹っ飛ばされた。コンクリートの地面、建物の壁。叩きつけられる。その際に打ちどころが悪かったせいか、既に二体の魔獣は事切れて、塵のように魔力に還元されてしまった。



「Gaaaa……!」

「――トランプ兵。止め」



 残りの一体の魔獣。瀕死の傷を負いながらも、虎視眈々とチェシャ猫の隙をついて悟の喉元に狙いを定めていた。その隙を付かれるような失態を犯す悟ではなかった。

 チェシャ猫の後に呼び出していたトランプ兵。それが持っていた槍が的確に、魔獣の脳天を貫く。断末魔もなく、その魔獣も他の二体と同様の結末を辿った。



 魔獣の遺体が魔力に還っていくのには目もくれずに、悟は傍に控えていた黒兎に確認をとる。



「――黒兎。これでこの辺の魔獣は倒せたかな?」

「そうなんだな。さっきの魔獣で最後なんだな。お疲れ様なんだな」

「……ありがとう。チェシャ猫やトランプ兵も、影に戻って」

「Nyaaaa!」

「――――」



 チェシャ猫は鳴き声で、トランプ兵は敬礼をすることで了解の意を示した。順番に悟の影に沈んでいくのを見送る。



「アリス。そろそろ戻らないと、『連盟』の魔法少女が来ると思うんだな」

「うん。分かった。すぐ行くよ」



 黒兎が発動済みであった転移魔法の『門』を潜り、自室へと戻る。そして変身を解除した悟は勉強机の前の椅子に座り、魔獣討伐の際の反省点をノートにまとめていた。



 二度目の『連盟』の魔法少女を相手に逃走し、二週間経過した現在。悟は今までと変わらない――ある一点を除いて――生活を過ごしていた。



 その一点とは、やはり魔法少女関連のことであった。

 ただの未登録の魔法少女から、危険人物扱いの『魔女』になったことで、魔獣を一匹倒すだけでも一苦労であった。未だに不明な点が多い己の魔法について理解を深めるついでに、黒兎の探知魔法に引っかかった魔獣を倒す日々を送っている。



 魔法の名前さえ決まっていない悟であるが、力の上達は僅かながら感じていた。術者である悟の戦闘力が皆無である弱点を少しでも克服する為に、トランプ兵や『腕』の操作にはかなりの時間を割いた。そのお陰で、近接距離は無理でも、中距離までの戦闘には対応可能になる。



 チェシャ猫は現状で悟が持ち得る最高戦力である。その戦闘力は、エリザと黒兎がのコンビが苦戦したアクアとフレイムを余裕にあしらう程だ。特別な能力がないことを考慮しても頼りになる。



 悟は疲労を感じた目を軽くもみ、視線を自分の影に落とす。部屋の照明によって伸びる黒い人型に。当然ではあるが、魔法を発動していなければ普通の影にすぎない。

 しかし一度魔法少女の姿になれば、トランプ兵やチェシャ猫が飛び出してくる、びっくり箱に早変わりする。



 自身が暴走した時のことを悟は思い出す。久留美と出会ったことも謎ではあるが、まず先に解決しなければならない問題があった。



『――ボクは皆の人気者、ハンプティ・ダンプティさ! 末永くよろしくね』



 脳裏に過るのは、不愉快な甲高い声。歪な造形の持ち主であるハンプティ・ダンプティ。今であっても、簡単に想起できる見た目に反して、判明していることは全くない。



 悟に従う意思はなく、顕現したのもあの一回限り。呼び出そうとしても、うんともすんとも反応を見せない。



 そして『連盟』の目を掻い潜りながら活動している悟を、悩ましている問題はもう一つあった。



「……ダイヤモンド・ダストか」



 魔法少女ダイヤモンド・ダスト。『魔法少女ランキング』で毎回十位前後を維持する実力者。機械的な冷たさを見せる彼女であるが、その性格が逆に人気の理由の一つに繋がっている。

 得意魔法は創造した氷を自在に操る魔法。先日も悟達の近隣エリアに出現した魔獣を一撃で葬っている。そんな魔法少女の中でも規格外な力を持つ彼女が、『魔女』黒アリスとエリザの確保に動き出したという声明が正式に発表された。



 現時点の悟が万が一ダイヤモンド・ダストと戦闘になった場合、ハンプティ・ダンプティという不確定要素を考慮しても勝ち目はない。それは黒兎も同じ認識であった。

 フレイムと同様な大規模の氷魔法。悟が一番相手をしたくない部類の魔法であった。



「はあ……前途多難だなあ……」



 一度だけ遠くで見たダイヤモンド・ダスト。黒兎の転移魔法が一瞬でも遅れてしまえば、そのまま戦闘に突入してしまっただろう。



 大きく息を吐きながら、悟は再び机に向き対策を考えるのを再開した。

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