第15話 契約者殺し

 昼間の時と同様に、悟は夕食を作り、母親の分を皿に取り分けた。

 そしてそれを部屋の前まで持って行くと、短く母親に言葉をかける。



「母さん……ここに置いておくよ」



 普段通り返事はない。そのことを気にした様子を見せず、食事を終わらせて自室に戻った。





「ごめん……黒兎。待たせたね」

「全然問題ないんだな」

「何してるの?」

「少しパソコンの方を借りて、色々となんだな!」



 悟は部屋に戻った先で見た光景は、中々に奇妙なものであった。

 黙っていれば、ただのぬいぐるみに見えない黒兎。そんな彼が悟のパソコンの前に座り込み、キーボードを器用に音を鳴らしながら、使い熟す様は妖精という単語から連想できるものから程遠い。



 入室してきた悟に気付いた黒兎は、開いていたページを閉じて、悟の前まで浮遊してきた。



「それで何を見てたの?」

「心配しなくても、検索履歴は見てないから安心してほしいんだな!」

「べ、別に見られて困るものはないはずだから……」

「悟も年頃の男の子なんだな。別に恥ずかしがることはないんだな」



 黒兎からのからかいに多少赤面した悟は、わざと大きく咳払いをして話題を切り替える。



「それでさっきの話の続きだけど……」

「あ、それなら悟に紹介したい人がいるんだな。でも今日はもう遅いから、明日以降に備えてよく休むんだな!」



 まだ学生の身分である悟は、平日には学校に通う必要がある。黒兎からの提案は有り難いものであった。

 しかし魔獣退治が長引けば、学業や日常生活にも支障をきたす恐れがある。

 それだけではなく、『連盟』に悟の正体がバレてしまえば、身近な人間にも危害が及ぶ可能性も存在する。



「とりあえず、今日はゆっくり休むんだな」

「黒兎がそう言うんなら、甘えさせてもらうよ」



 黒兎との会話を終えた悟は、シャワーだけを簡単に浴びて、寝間着に着替えを済ませる。

 就寝の準備を整えた後、スマホを操作して、連絡が来てないかを確認する。

 一件メールが届いていた。差し出し人は、恵梨香であった。しかし疲労感が勝った悟は、恵梨香に申し訳ないと思いつつも、ベットに入り込んだ。



「おやすみ、黒兎」

「おやすみなんだな」



 そして一日の疲れが出た悟はあっという間に深い眠りに落ちっていった。



「エリザに会いに行くんだな……。吾輩の頼みで余計な怪我をしてないといいんだけどな……」



 悟が眠ったことを確認した黒兎は、転移魔法を発動させて、別の場所へ去っていった。




「あー、くそっ! あいつ強すぎだろっ! 後一歩間違えてたら、捕まってたんだけど、私!」



 悟が住む街にある、一つの民家。その家にある一室で、少女が誰かに倒して文句を言っていた。

 赤色のパジャマを着た少女――柏崎利恵は、『私、怒ってます』と言わんばかりに、頬を膨らませて対象の人物を睨む。

 もちろん両親にバレない程度に声のボリュームを下げてはいる。



「す、すまなかったんだな……」



 そう言って利恵に謝罪をするのは、黒い兎のぬいぐるみ――のような見た目をした妖精である黒兎だった。

 彼は体を限界まで曲げて、全身で申し訳なさそうにしている。



「利恵――エリザには、吾輩の無理難題で迷惑をかけてしまったんだな……」

「別にそれはいいって。私は魔力がもらえたら構わないから」



 黒兎が謝罪を述べていた相手である利恵は、『魔女』エリザと同一人物であった。



 二人の関係は一年前まで遡る。当時の利恵は別の妖精と契約した未登録の魔法少女であった。

 彼女の魔法は、血そのものや魔力を変換した血液を操るものだ。けれど使用した際の対価が重く、魔力不足に陥ると半ば暴走状態になってしまう。

 体が本能的に血や魔力を求めるようになってしまうのだ。

 そんな状態でも利恵は理性で、一般人からの血を摂取するのは踏みとどまっていた。



 それでも代用品となり得る魔力を目当てに、魔獣狩りや他の魔法少女を襲っていたりしていた。その結果『連盟』からの危険人物としての烙印――『魔女』認定を受けることになってしまった。



 そんな時に出会ったのが、黒兎だった。魔法少女を助けることを至上命題としていた彼は、自分の命の源同然の魔力を大量に譲渡。そうすることで、暴走状態がずっと続いていた利恵は完全な正気に戻ることができたのだ。



 それ以来、再び暴走することを恐れた利恵は魔法少女に変身することはなかく、普通の日常を送っていた。

 しかしその時以降会うことがなかった黒兎が、今日突然やって来て、頼み事をしてきた。



 ――吾輩の望むを叶えられるだろう、最高の契約者を見つけた。恐らく『連盟』は彼女を未登録の魔法少女として確保に動くだろう。その初期対応を遅らせる為に、『連盟』の支部に軽く襲撃してきてくれ。



 あの特徴的な語尾はどこ行った!? とツッコミを我慢して聞いた利恵は、助けられた恩もある為断ることもできず、『連盟』の支部に向かったのだが――。



 ――命からがらに逃げてきたのであった。



「……黒兎には恩があるから言いたくないけど、一つだけ文句を言わせて。あのアクアって、魔法少女強くない?」



 魔法を使うと暴走状態――までいかなくとも、軽い興奮状態になり、好戦的に――なってしまう利恵。

 その彼女をして強いと言わせる、『連盟』の魔法少女アクア。

 黒兎の脳内にあるアクアに関しての情報は、それほど多くない。



 魔法少女アクア。青髪に、同色のドレスに身を包む。契約妖精は、小型の人魚のような姿の『ウンディーネ』。黒兎自身は、その妖精と関わりはほぼない。

 水魔法の使い手で、炎魔法を使うフレイムとコンビをよく組まされている。

 その程度の知識しかない為、黒兎から利恵に助言できることは特にない。



「それで……私にまだしてほしいことがあるって話だったよね?」



 組んでいた腕を解き、ベットに座り直して黒兎に向き直る利恵。彼女も年齢は悟と同じくらいであり、現役の女子中学生だ。恩人の頼みとはいえ、長時間拘束されるのは学生としては避けたい。



 それでも、まずは要件を聞いてからだ。そう考えた利恵は、黒兎に問いを投げた。



「――吾輩が見つけた契約者に、戦いを教えてほしいんだな」





「――以上が、今回の襲撃に関する報告です」

「――そうか。報告感謝する」



 ここは、エリザに襲撃された『連盟』の支部。整理整頓がされた一室で、アクアとフレイムは二人並んで、向かい合う上司である女性に事の顛末を話した。



 アクアからの報告を聞き終えた上司は、表情を崩すことなく黙ったままだ。何か考えごとをしているのだろうか。



「――どうかしたのでしょうか」

「……いやなに……フレイムが交戦した未登録の魔法少女だが……便宜上、彼女のことは『黒アリス』にしようか」

「『黒アリス』って……完全に見た目だけで、決めましたよね……」



 アクアとフレイムの二人の脳内に浮かぶのは、黒色の兎を連れた黒色のエプロンドレス姿の少女。

 確かに容姿だけを見れば、かの有名な童話の主人公に近いだろう。フレイムの報告にもあった、彼女が召喚したジャバウォックと呼称された『腕』と、トランプ兵。

 その童話に関連した登場人物が、魔法によって呼び出されていた。『アリス』と上司が彼女を仮称するのも、分からくもない。

 色合いが根本的に異なる点を除けばだが。



「予想では二度目の戦闘で、フレイムから撤退できる程の能力……。それに加えて、彼女が契約したと思われる妖精――黒兎。『契約者殺し』と名高い野良妖精か」

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