第9話 魔獣誕生の真実
「……それで黒兎はどうやって魔獣を全部倒すつもり? とてもじゃないけど、僕一人だけでは世界中にいる魔獣の相手は絶対にできないよ?」
気を取り直して、悟は黒兎に問うた。これに関しては当然の疑問だ。
魔法少女としては成り立てでしかない悟一人ではできることは限られてくる。世界中に、かつ不規則に出現する魔獣。その全ての討伐は個人では達成するのは不可能だ。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、黒兎はわざとらしく片目にかけたモノクルを音を立てながら解説を始めた。
「――方法を教える前に、まずは魔獣の発生について説明しようと思うんだな」
そこで黒兎は言葉を切り、間を少し置いた後話を続けた。
「魔獣は元々この世界の産物ではないんだな」
「……つまり別の世界からやって来たっていうこと?」
「そういうことなんだな。魔獣はこことは違う世界に存在した人類の脅威。その全てをこちらに連れ込んだのは、一人の少女であったんだな」
以上、黒兎の語った内容は悟の常識を根底から覆ることになる内容であった。
■
地球と呼ばれる星とは全く別の世界。
その世界には、魔獣という既存の生物とは成り立ちが全く異なる生き物が存在しました。
いつから存在するのか。どうやって発生したのか。
その全てが不明でした。
魔獣達は圧倒的な力を以て、その世界にいた人間の生存圏を削っていきました。
あわや人類滅亡の危機。それを食い止めたのは、一人の少女でした。
その少女は『聖女』と呼ばれ、その身に宿した奇跡を用いて、自らの肉体の中に全部の魔獣を封じ込めて、その世界から姿を消しました。
めでたし、めでたし。その世界には平和が訪れました。
しかし『聖女』はどうなったのでしょう?
人々の期待に応えて/無理やりに奇跡を行使した『聖女』は、幾年もの時間を次元の狭間を漂い、体内で暴れ狂う何千何百にも及ぶ魔獣達によって正気を失ってしまいました。
そしてかつて『聖女』と呼ばれた少女は、悠久の果てに辿り着いた世界で、狂気のままに、悪意のままに、魔獣を解き放つのです。
――少女の頬を伝う液体の正体は、歓喜の感情に由来するものか。僅かに残された善性が悲鳴を上げている証か。
それは少女自身にも、分かりません。
■
「そ、そんなことって……あまりにも身勝手過ぎるだろ!?」
感情のままに悟は叫ぶ。それはそうだろう。
『聖女』と呼ばれようと、たった一人の少女に負債を押しつけて、残りの人間は助かったのだ。
その少女の意思や尊厳を無視して。
挙げ句の果てには、その少女は悟達の世界で魔獣を遊び感覚で解放する。
迷惑以外何ものでもない。
衝動のままに、悟は世の理不尽を叫ぶ。
「はあ……はあ……。それで今までの話の流れでいうと、魔獣を根本から滅ぼすには――」
「――察している通り、元『聖女』である少女の命を絶つ。それしか方法がないんだな」
「――っ!?」
実の家族を魔獣によって失う。それ以外のことに関しては一般人として生きてきた悟。当然彼の中で培われた倫理観は世間一般のものから、そうズレてはいない。
その倫理観に則していうのであれば、この解決策は納得できない。
しかし放置していれば、魔獣による被害が延々と増え続けていくだけだ。
この事実を知ってしまった悟が、覚悟を決めるしかないだろう。
「……一つだけ聞きたいだけど、妖精側はどういう考えで魔獣退治に協力してるの? メリットがあるとは思えないけど」
何とか激情を抑えつけて、悟は黒兎に尋ねる。
嘘偽りは決して許さないという視線と共に。
そんな視線に睨まれながら、黒兎は答えた。
「……妖精という種族は魔獣の発生そのものには関与してないんだな。だが完全な善意から魔獣退治に協力している訳ではないんだな……。魔獣を倒した時に発生する『エネルギー』。それを目当てにしているんだな。だから魔獣を倒しても、その発生源である『聖女』そのものには不干渉の方針で、魔法少女達はこの事実を知らないんだな。ただ純粋な善意で、魔獣を倒しているんだな」
追い打ちをかけるように告げられた、残酷な事実。
悟は言葉を失い、黙ることしかできない。
「――だから、悟にはもう一度聞きたいんだな。この事実を知った上で、吾輩に協力できるのか?」
再度投げかけられる、悟の覚悟の有無を確認する為の問い。
『――お兄ちゃん』
その時、悟の耳に少女の幻聴――久瑠実の声が響いた。
しかし、いつもの助けを求める声ではなかった。
『――お兄ちゃん。頑張って』
頭では幻聴と理解していたが、悟は思わず辺りを見渡してしまう。
当たり前であるが、久瑠実の姿など影も形も有りはしない。
それでも確かに妹の声は、悟に届いた。それが彼の心が作り出した紛い物であったとしても。
「ふう……」
息を深く吸い吐いた後、しばらくの間沈黙を保っていた悟は口を開く。
「――うん、僕はやるよ。これ以上の悲劇は見過ごせないから」
「――ありがとうだな、悟。君の勇気ある選択に、最大限の感謝を」
――こうしてこの場には世界を救う為に、一人の少女を殺すことを選らんだ主従が誕生した。
■
「お互いに腹を割って話しんだな。次は悟の力について考えていこうと思うんだな」
話し合いは次の段階へと進む。
黒兎が提案してきたのは、悟の力――魔法少女としての固有の魔法についてであった。
悟は昼間初めて行使した魔法について思い起こす。
魚人のような見た目の魔獣を一発で倒した、紫色の触手の如き『腕』。
あれは悟の影から出てきたものであり、その奥には『腕』の持ち主が潜んでいるであろうことが伺える。
悟は窓から差す光によってできた彩度の低い自分の影を見る。当然変身していない今では、影には何の異変もない。
「僕の魔法って、何か召喚するとか、そういった類?」
「――まあ、吾輩の見立て通りであれば、そうだと思うんだな。だけど悟の場合、まだ使い熟せてないから、昼間の時は一部だけの顕現になったんだな」
「……要するに、早く慣れろってことか」
「そういうことになるんだな」
結局判明したのは、悟が未熟だということ。
魔法を使い熟す――悟の場合、呼び出す『何か』に認められる必要――には、時間と努力することしか方法がない。
ふとその時、悟と黒兎の両者が歪な魔力の発生を感知した。魔獣だ。
最早恒例になりつつある転移魔法を発動させながら、黒兎は言う。
「言葉は悪いかもしれないが、魔法の試運転も兼ねて、魔獣退治に行くんだな!」
「……うん。えーと……こうすればいいのかな? ――変身」
体内に存在する魔力を外部に放出させる感覚が、全身を駆け巡る。同時に、悟が光に包まれた。
光が収まった後、悟の姿は昼間の時と同じ魔法少女としてのものに変化していた。
黒色を基調としたエプロンドレス姿。白黒のハイソックスに、白色の髪の上で結ばれた大きなリボン。
人形のように完成された顔。
「これが今の僕の姿……」
昼間の時とは違い、余裕がある状況だ。
悟は部屋に備えつけられた鏡に映る自分の姿に、呆然と言葉を溢す。
自分のものとは思えない顔に、どこか見覚えが悟にはあった。
ああ、そうだ。忘れるはずもない。この顔は――。
(――久瑠実の顔じゃないか……)
かつて存在していた家族の面影を強く残していた。
心臓に針が突き立てられるような錯覚に陥る。悟は自分が過去に犯した罪を突きつけられるような気がした。
突然黙った悟の様子に、黒兎がどうしたのかと尋ねた。
「……大丈夫だよ。行こうか」
「それならいいんだけどな」
悟は一足先に『門』を潜り、黒兎は釈然としない面持ちで後をついていった。
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