41 夏の話 12

「先生の部屋、行きたい」

 背中の腕をゆるめたくなくて、このままもっとぬくもりが欲しくて。

 でもここじゃさすがに駄目だ。

「……わかった。でもお前、北見はいいのか? 来てくれたんだろ?」

 その声は穏やかで。

「先生のとこへ行くってメッセージを打つ。多分それで伝わる。気付いたと思うから」

 樫木がここのドアをノックもなく開けた段階で多分。明日実家に戻るにしても朝食までは一緒にとれるかと思ってたけど、ごめん。

「そうか。来客用の駐車スペースに停めてるから俺は先に下りて車の中で待ってる」


 普段ならありえない寮の敷地内で樫木の車に乗って樫木の部屋へ来た。

 車中でやっと正気に返ったというか、自分の言った台詞に猛烈に恥ずかしさを覚えてずっと窓の外を見ていた。一人で盛り上がって舞い上がって。思ってもみないことを口走った訳ではないが、自分の感情を自覚する、想いが通じてると思うとこんなにも突っ走ってしまうのかと反省しきり。落ち着け。

 でもその言葉は冷めることなく胸のうちにある。

 だから、樫木の部屋のドアをくぐるなり腕を掴んで小さなキスをした。

 俺の着替えの入ったリュックと自分のスポーツバッグを持っていた樫木は両手を使えず、もどかしそうに同じように小さなキスを返してくれた。

「ここでやるか?」

 揶揄うような声色ではなかった。

「ベッドで」

 ここ……玄関は強姦紛いに初めて樫木に抱かれた場所だ。今はそれについてなんとも思ってない。狭い廊下な上に板敷きはスーツの上着を置いたとしても体が痛いのだ、だから。

 樫木は先に靴を脱いで上がると狭い廊下の先にある部屋の床に二人分の荷物を置いた。

「おじゃまします」

 見慣れた部屋がこれまでと違って見えるのはなんなのだろう。テレビもガラステーブルもいつも通りそこにあるのに愛しく見えてくるから不思議だ。

「シャワーを浴びてくるから冷蔵庫開けて何か飲んどいてくれ」

 上着を脱ぎながらそう言ったが。

「いや、いい」

「喉乾いただろ」

「違う。シャワーはいい」

「いや、俺今日研修だったんだよ。山奥の研修センターで朝から山登りもさせられて汗臭いはずだ」

「それでもいいから、今したい」

 触れてほしい。樫木は十分そこらだと笑うかもしれないが待てなかった。

 一人ベッドに上がって着ていたものを全部脱いだ。

「歩……」

 樫木は驚いた顔をして。

「樫木さんが欲しい」

 素直に言えた。

智洋ともひろだ」

「智洋さんが、欲しい」

 樫木はネクタイだけをはずしてベッドに上がると、俺の頬を撫でて深いキスをくれた。

「お前に全部やる。俺はお前のものだ」

 目を細めて心底嬉しそうな顔で俺を見た。

 不安が解消されたわけじゃない。橋口さんの話がずっと胸に黒い塊のように残っている。家族のいない樫木の人生を丸ごと引き受けるなんてできるとは思ってない。多分俺にはそれがどういうことなのかわかってないから。でも傍にいたいと思った。俺が樫木から離れる時は樫木に捨てられた時、だけだ。いらないと言われた時。

 俺は自分から身を寄せ、樫木の唇に自分のそれを重ねた。触れては離れを繰り返し、時に樫木もリズムを合わせるように唇の角度を変える。そのうちに樫木の唇が薄く開いたので舌先を少し入れると噛みつくようなキスを返され舌を絡めとられた。

「ん……っ」

 主導権を完全に持っていかれる。これでもかと攻めまくられる嵐のようなディープキスは思考力を奪い、それだけしか頭になくなる。いつものことだが今日はそれが愛おしく思えて。官能を掻き立てられて身体がぐずぐずになっていくことに嬉しさを感じて。

 樫木の唇は舌を貪るのに満足したのか顎を伝い首筋を舐めて鎖骨へと降りていく。舌のざらついた感触に小さく震え甘噛みに少々くすぐったさを感じていると急に耳朶を舐られ耳孔に舌先が滑り込んだ。

「っつ……んん」

 舌の感触と微かな吐息に言葉にならないぞくぞくしたものが背中を走る。耳を食べられるかと思うほどに執拗に舐め尽くされ、肌が粟立つ。

「もう……」

 焦らされているのかただしつこいだけなのか一向に他を触れてこない樫木に白旗を上げるしかなく。

「全部……触って……」

 身体が勝手に次の気持ちの良い場所を期待してざわめき、快感を覚えつつも苦しくて。身体も緊張と弛緩を繰り返して腰が立たない。樫木に寄り掛かるか押し倒されたい。

 聞く耳を持たないという意地悪をする気はないようで、樫木は耳から離れると俺をゆっくりとベッドに横たえた。

 俺を跨いでワイシャツを脱ぎ捨てると首筋に舌を這わせ少しずつそれは下へと移動していった。同時にごつごつとした男の指で脇から腰を撫で回され、その快感は下半身にも伝わっていく。

「ぅ……ん……んっ……ふ……んぅ……っ……」

 じわじわと重くて熱いものが自分の身体に溜まっていくのがわかる。肌は小さく震え口は半開きになり、己の痴態のみっともなさに構っていられなくなる。

 触れられる前から両の胸の突起は固く尖り始めていて、指と舌で嬲られると頭の先まで快感が突き抜けた。

「あぁっ……あ……っあ……あっ……っ」

 底なしの快感は今までと全然違って。きっと、樫木を全開で受け入れたから、なのだろう。俺の問題で。無意識にかけていたのだろうストッパーが消え去って、どこまでも流れ込む熱を浴びていられる。口から漏れる嬌声は樫木にどう聞こえているのだろうか。素直な感情の証だと伝わればいいのだけど。

「挿れていいか?」

 余裕のない顔が俺を見下ろす。少し呼吸が早い樫木の胸に手を伸ばすと心臓もまた早く打っていた。

「気が済むまで挿れて。俺は大丈夫」

 全部受け入れられる。激しくても荒くてもたとえ痛みを伴っても。身を犠牲にしてるわけじゃない。ありのままの樫木が欲しいから。

 性急に後ろを解されての挿入には多少の痛みを伴ったが繋がった充足感ですぐに消えた。一つになれていることが愛おしくて嬉しい。

 これまでの樫木とのセックスも気持ちの良いものではあったし今日もやってることは変わらないのかもしれないが今日は何かが違う。好きな人とのセックスはこんなにも幸せを感じて心があたたかくなるものらしい。

「奥までして……気持ち良くなって」

 恥ずかしげもなく行為をねだる自分に驚くがそうしてほしいと思ったのは本当で。溶けるほどに掻き乱してほしい。そして樫木にも気持ち良くなってほしい。

 俺の中で硬さを増した樫木の抽挿はねだった分激しく。喘ぐだけでは冷めない快楽は雫となって目の端に滲み、艶が混じる荒い息で突き上げられるたびに零れた。

「とも……ひ、ろさ……ん……すき……」

 そして俺は揺さぶられるだけ揺さぶられても途中で気を失うことなく樫木と絶頂を迎えた。


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