30 夏の話 1
四限目終了のチャイムが鳴り、この日は朝ですべての連絡を済ませていたのか終わりのSHRもなくそのまま解散となった。ちょうどこの授業が担任の授業であったからそんなことができたわけだが。
今は夏休み、だ。一応。
なのに一学期終業式の翌日から一週間ほど午前中四限で前期補習というのがあって。それは夏休みじゃないだろうと一年生はもちろん、二年三年の誰もが毎年思っているものの、夏休みとしてカウントは始まっており。そして前期というからには当然後期補習というものがあって、二学期始業式の前々日から遡ること一週間ほど前から始まる。
建前上小学校や中学校と同じ四十日ほどあることにはなってるが、三十日もない計算になる。まあ夏休みの補習は他の学校もあるから、と慰めるしかない。ウチみたいにほぼ強制なのかまでは知らないが。短期留学とか部活関係の合宿とかそういう場合はもちろん免除。
これが終わらないと地方組は帰省できないのが可哀想ではある。俺は地元だからそこは別になんとも思わないところだが。
「多田ちゃん、お待たせ」
校門でぼんやりと、学校を出ていく奴らの意気揚々とした姿を見ていると背中から声がかかった。
そんな呼び方で俺を呼ぶ人は今のところ一人しかいない。こっちから提案したわけではなく勝手にそう最初から呼んでいるのは、三年の岸さんだ。
今日で前期補習は終わり。そのまま帰省する奴、明日帰省する奴、寮に残る奴、さまざまだが圧倒的に帰省が多い。
「五分ぐらいなんで待ったうちに入りませんよ」
俺の前に立つのは二人、岸さんと岡本さん。
「補習、やっと終わったね」
にっこり笑う岡本さんもまた三年生で生徒会執行部の書記で、学年一の美人で人気者(と同じクラスの桜野が言ってた)で。
「僕が冷やし中華ってリクエストしたんだけど、多田君はそれでよかった?」
「麺類は何でも好きなので大丈夫です」
岸さんと岡本さんと俺はこれから近くの中華料理屋へ行く。
樫木との件で二人には世話になってるので夏休みに入る前にお礼をしたいと思っていて、それが今日になった。補習も今日で終わって実質的な夏休みが始まるというのもあり、三日間は寮の食堂のおばちゃんが休みになる。ということは寮に残る奴はその間自分で今日の昼からの三日分の食事を用意せねばならず事前に弁当を申し込んでおけば毎食心配はないが、三日間弁当というのも味気ないので大抵下界(要するに寮の外)で好きなものを調達、もしくは食べてくる、ということになる。終了日の今日帰省する奴もいるが明日の朝なりに帰省する奴も少なくない。岸さんと岡本さんの帰省はどうだか知らないがお伺いを立てると今日は寮にいるらしいのでお礼の昼飯に誘ったら色よい返事をもらい決行となった。もちろん俺の奢りだ。年下から奢ってもらうわけにはいかないと最初言われたが最初で最後だからとそれはどうなんだ的に押し通して了承してもらった。こちらから頼んだわけではなく結果として世話になったというのが本当のところだが世話になったことは間違いないし、特に岡本さんには面倒なことをさせてしまっている。なんとか形にして礼をしないと釣り合わない。
「多田ちゃんも義理堅いねえ。餃子食わせてもらったからあれでよかったのに」
連れ立って歩き始めると岸さんがにやにやしながら言った。
「先生からのですし、俺は関係ないです」
俺が作ったわけじゃないし、あれは食い切れないから、もしくは樫木は最初から食べさせるつもりだったのだろうと思う。この人たちとは長い付き合いらしいし。
「関係ないなんて樫木さんの前で言ったらあの人泣くから言わないであげてね」
「ああ……はい」
そんなタマなのかね。岡本さんは樫木のことが好きだから優しい。なのに樫木は俺が好きだと言い……付き合いの長い岡本さんならわかることも俺にはわからない、そんな俺を。可愛くて樫木が好きな岡本さんのことをどうして樫木はパシリのように使うのだろうと思う。酷いだろ、岡本さんはそう思ってないのかもしれないけど。もちろん岡本さんの本当のところの気持ちを俺は知らない。訊けない。三年生だしそう親しいわけでもないし。岸さんに訊いてみようかとも思ったがそれも卑怯な気がしてやめた。
そう言えば、三人揃ってというのは最初の最初に出会った時以来だ。岸さんに誘われてたところを岡本さんに邪魔されて、というシチュエーションだった。結局岸さんとは寝たけど。樫木の告白を聞く前だったから悪いことではない。……お礼をすることばかり考えていて、食事の最中はどういう体でいればいいのかまったく考えてなかった。考えなければならないほどに不自然な組み合わせなのは確かなのだ。この二人と仲が良いのは俺じゃなくて樫木で、二人とも樫木サイドの人間と言っていいのだから。厳密には俺の味方、というわけじゃない。でも今日のこれで多少借りは返せるだろうからもう距離を置けるはずだ。
終
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