第4話
環は残念で仕方がない。本当に骨折り損に終わってしまった。
溜息を仲介人の前でついてしまうと、肩からスッと息を整えた。
「はぁ、ってことで霊障じゃなかったわ」
「そ、そんな。が、害獣の仕業なんて……」
「ありきたりよね」
「そ、それはそうですが、一体何処から……」
確かに気になるのはそこだ。
仲介人は足跡を凝視すると、環も視線を配る。
地面に付いた赤茶けた手形足形。何処から付いているのかと目で追うも、手形足形は途中で途切れている。
「うーん、どれどれ」
環はしゃがみ込んで赤茶けた手形足形を指でなぞる。
すると指先、それから爪の間が茶色になる。
ザラザラとしていてあまり気持ち良くはない。
「仲介人さん、この近くに山とか沢とかあるの?」
「えっ、住宅街の近くには山がありますが」
「ふーん。ってことは、そこから来てるのね。きっとこの家は誰も住んでいないから、格好の棲家、もしくは食糧の保管庫みたいな扱いなのね」
環は淡々と情報から推測をする。
もちろんまだ根拠はない。あくまでも状況証拠から得られた確証のないもので、仲介人も疑いの目を向ける。
「あの、レクイエム様は怪奇現象を調査されているのでは?」
「そうよ。でも好き好んではいないわ」
「で、でしたら……」
「でも、これくらいは分かるわよ。どう見たってこれは赤土。途中で途切れてるのはそうね」
まさかとは思ったが、環の素性の話になる。
素早く環は話を最小の手数で折り畳むと、目の前に集中する。指先に付着した赤茶けたものは赤土で、浴室から続く廊下の途中に断片的に残されていた。
「壁に手形や足形はない。ってことは、この上かしら」
「う、上!?」
「ええそうよ。ほら、天井が少し凹んでる。きっと糞とか尿とかでニスが剥がれたり、木が腐っているのね」
ふと天井を見上げると、残念ながら凹んでいる。
無意識のうちに天井を見ることを疎かにしていた証拠だ。仲介人は口元に手を当て絶望感に瀕していた。これでは到底売り物にはならず、修繕が必至だ。
「で、では侵入経路は!?」
「それなら目の前にあるでしょ」
「は、はい!?」
侵入経路はまだ見えていない。仲介人は思考を放棄し慌てふためく。
その様子を流石に可哀想と思い、少し知恵を貸した。
環は目の前を顎で指し示すと、仲介人は首を捻ってしまう。
「えーっとね、途中から手形や足形が付いているわよね。ってことは、この辺かしら」
環は目視で確認すると、予想をつけて廊下の足を踏み込んだ。
しかし動きが大層で、ドスンと踏み抜く。完全に壊す勢いだ。
「な、な、な、なにしてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
仲介人は猛烈に怒り出す。
目の前の廊下を突然ぶち壊され、仲介人は目をひん剥く。確実に怒っていた。しかし環は止めないし反省もしない。何故なら既に廊下は穴が空いていたからだ。
「ほらね、穴が空いてるでしょ?」
「えっ、えええええええええええええええ!?」
気が付かなかったのか。
ずっとこの一軒家の仲介人をしていたはずなのに。呆れてものも言えず、環は頭を抑えた。
「う、うるさいわよ。それにこのくらい普通……」
「じゃないですよ! えっ、こ、こんな酷いことに……」
「これくらい大袈裟よ。っと、新築一軒家にとっては痛手かもしれないけど」
「痛手ですよ! この一軒家に使われている木材はどれもこれも高級な……」
「なるほどね。それじゃあ、そのまま表皮の香りも維持し続けていた結果ね。残念だけど、諦めるしかないわね」
環は何となく予想を立てた。
この一軒家に使われている木材はかなり高級な代物。と言うことは、野生動物達にとってもそれだけ魅力的になるはずだ。
だからこうなることは必然。
今の時代、幽霊や妖怪や悪魔に天使と色んな怪奇がありふれている。それに比べれば特質して珍しくもない。
環はより一層興味を失ってしまった。
「はぁ」と溜息をつき立ち上がろうとすると、ふと視線を向けた。床に空いた穴の奥、何か光るものがキラリとした。
「ん?」
「ど、どうなされました?」
「今、なにか光った。それっ!」
環は床に空いた穴に容赦なく手を突っ込む。
もはや恐怖心などはない。
気になったものに素直になり腕を伸ばすと、不意に柔らかくて暴れ回るものだと気が付いた。
「こら、暴れないの。せーのっ!」
環が腕を引き抜くと、右手の中に何か掴んでいた。
見たところ生き物なのは確定。しかしその姿は妖怪でもなければ幽霊でもない。ましてや霊障でもなく、単にそれは……
「ハクビシンね。やっぱりこの辺を縄張りにしてたみたいよ」
環が捕まえた生き物。それはメジャーな害獣ハクビシン。
鼻筋に白い線が通っていて、一年すると可愛らしい。
しかしその実態は人間にとっては家をダメにする害獣でしかなく、残念ながら駆除対象だった。
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