第3話

 環は仲介人の案内で一軒家の内見をして回る。

 とは言え、何も起きないことは分かっていた。

 だからか、環はとても興味無さそうにしている。


「まずこちらのリビングですが、とても快適に過ごせるよう広い間取りになっております」

「へぇ」

「確かに土地面積としましては、それほど広くないように思えるかもしれませんが、あちらに取り付けられた窓から陽の光を取り込むことで、この通り開放感を実現しているのです」

「そうなのね。……ファミリー層向け?」


 環達がリビングに足を運ぶと、急にスイッチが入ったように、内見の説明をされてしまう。

 仲介人はあまりに熱く語るので、興味の欠片も無い環は鬱陶しそうに合いの手を入れる。

 しかしこの一軒家がファミリー層向けと気が付きたことで、より一層焚き付けてしまった。


「お察しの通りにございます。こちらの一軒家はファミリー層向けに新しく新築されたものにございます。使用されている木材は国産の檜。故に香り豊かで心身共に癒されること間違いないですよ」


 檜の香りを使っているから、良い香りがするらしい。

 確かに仄かにではあるが、ヒノキの心地良い香りはする。これはリラックス効果は期待できそうだ。


 とは言え檜の香りが続くのは一時的。だからいくら熱く語られても、数年すれば老朽化の餌食は免れない。

 そんな当たり前のことを当然の如く売り文句には使わず、一軒家のことを捲し立てるように売りに行く。環は嫌気が差し、本音を突きつけた。


「そう熱く語って貰って悪いけど、私は買わないわよ」


 環は仲介人の腹の内など知る由もない。

 少しでも存在したかもしれない希望を、いつも通りの説明と一緒に崩した。


 仲介人は愕然としてしまう。

 しかしせっかく来ていた抱いている前なので下手な顔をすることはできない。


 そんな葛藤に板挟みにされ、腑が煮え返りそうになる。

 もちろんそれだけじゃない。調子に乗った態度を取りつつも、何をしようともしない環の姿に目を伏せる。


 呼ぶ相手を間違えた。今更ながらに後悔する。

 ましてや環の告げた怪奇相談事務所は素性がよく分かっていない。

 あくまでも噂を聞き齧る中で耳にし、その高い成功率から選んだだけ。


 しかし蓋を開けてみればやって来たのはただの高校生。疑いもより一層深まると、更に苛立ちも膨れ上がる。

 仲介人は口の中で舌を噛みながら怒りを抑え込んでいると、ふと環は廊下の方をチラチラ見る。


「確かこっちなのよね?」


 何故か視線が廊下に吸われる。

 それもそのはず、環は廊下に手形や足形が付いていたことを覚えていた。


 残念なことにリビングからは変な気配は感じない。むしろ怪しい様子はなく、霊道の線も限りなく薄い。

 正直言って、霊障の類とは思えない環は、現場が見たくてウズウズしていた。


「は、はい。先日お伝えさせていただきました霊障は、リビングを出て反対側、浴室に続く廊下に付着しておりました」

「ちょっと待って。まだ霊障って決まったわけじゃないのに、言霊で断言をしちゃダメよ。そんな真似したら、霊障でもないのに邪気を寄せることになるわ」

「じゃ、邪気でしょうか?」

「そう言うものらしいわよ。まあ、受け売りだけどね。とにかく行ってみるわね」


 環はそう言うとリビングを出た。

 仲介人は環の言葉の意味を理解はできない。理解しようとはしない。

 けれど一瞬見せた不思議な眼光が、仲介人の心を道の闇へと引き摺り込んたのは言うまでもない。


「お、お待ちください!」


 こうしてはいられない。

 仲介人は環の背中を追いかけると、素早くリビングを出た。スーツ姿にもかかわらずとんでもない速度だ。


 機敏にかつ九十度に部屋を出ると、先を行く環を追う。

 この先は浴室。そこまでの廊下は決して広くはない。

 しかし反対側ということで完全に死角になり、もう一つの角を曲がることでようやく環の姿を捉える。


「レクイエム様、私が案内させていただきます故、少々お待ちくださ……レクイエム様?」


 何故か環は廊下に突っ立っていた。

 仲介人は少し離れた位置から声を掛ける。

 おそらく聞こえているはず。しかし無視をされる。スルーを決め込まれると仲介人は異様な雰囲気に気が付いた。


「ま、まさか!?」

「そのまさかのようね。派手にやってくれた……とでも言いたいけど、流石にこれは無いわね」


 環は幻滅した様子で、眉根を寄せていた。

 それもそのはず廊下には手形と足形が付いている。しかも人間のものじゃない。獣のもののようで、赤茶けていた跡だった。


「ま、またですか!?」

「またって、これを霊障って言いたいの?」

「は、はい。これが文面でお伝えしておりました霊障にございます」

「馬鹿馬鹿しい。これの何処か霊障なのよ!」


 環は本気で食って掛かる。

 それもそのはず、目の前の手形も足形も霊障などではない。ましてや邪気も妖気も霊力も魔力さえ感じない。完全にこれは如何見ても……


「ただの動物の足跡じゃない!」

「ええっ!?」

「ええじゃないわよ! こんなの、害獣が侵入しただけ。霊障でもなんでもないわ!」


 環は堂々と宣言する。

 もちろん根拠もある。

 だからこそ、目の前のそれは霊障などでも更々なく、ただ害獣が侵入しただけに過ぎなかった。

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