第9話 富貴、その意味は

 そういえば、兵部右侍郎で河南と山西御史の于謙うけんには手こずった。

 奴ほど頭に来る清官はいない。

 正統十一年、奴は皇帝に報告するため北京に戻った。長く都を離れていたため、私に対する礼儀を知らなかったらしい。ならば教えてやるまでだ。


 陛下に取次を求め、乾清門に現れた奴は堂々として静かな威力を放っていた。 

 このタイプはやや下手に出るのが良策だ。私は威儀を心の底に置き、柔らかく言った。

「ここでは多少の銀が必要でございますが、于大人うーだーれんはいかほどお持ちで?」

奴は私を睨み、袖をひるがえした。

「この両袖に一銭も忍ばせてはおらぬ! 国が大事か、小臣が大事か!」


 奴が私を見る眼は、そうだ……肥溜めに落ちた間抜けな犬を見る如く蔑みに満ちていた。私は奴を皇帝への不敬罪で告発し、獄に下した。

 が、三ヶ月におよぶ河南と山西の民の請願、官界からの助命陳情の激しさから、再び孫皇太后と陛下の知るところとなった。

 私は「実は他に同じ名の罪人がおり、手違いで御史の于大人を拘留したのでございます」と釈明した。

 奴は形式的降格を受けたが、すぐに復職しやがった。所詮は一役人にすぎないくせに。思い出しても腹立たしい、次に何かあれば絶対に殺そう。

 

 富貴のうち、富が尊いか。 貴が尊いか。

 富に決まっているだろう。だいたい富と貴の字をくっつけてどうする。両雄並び立たずというだろう?

 富の力は偉大だが、貴の力とは何だ。富に重きをおけば、貴が軽くなるのは当たり前ではないか。軽くならない貴は皇帝だけでいいのだ。


 陛下は后妃を迎え、一家を持った。青年皇帝に新たな欲が生まれる。批紅を入れ、行事をこなす毎日では刺激が足りない。彼は曽祖父の永楽帝のような大事業を夢見た。また、父の宣徳帝の葬儀で行われた妃嬪の殉死を残酷に思い、その制度を廃止しようと考えていた。青年の自我は繊細かつ大胆だったわけだ。それは思慮深さとは別のものだが、特に問題はない。

 

 正統十四年、私の蓄財は国家予算の半分に匹敵するほどだった。

 大邸宅には高さ七尺の珊瑚柱が三十、太湖の石柱が二十、翡翠の器類が五百、金と銀のオブジェが六十、ありとあらゆる貴重な財宝類、官銀の純正品が数千万両。

 三十歳を超えた私は我が子の代わりに朋党を持ち、何より陛下を愛しんでいた。

   

 蓄財と陛下への愛情は切っても切り離せない。 


 これが余人に分かるだろうか。いや、無理だ、無理なのだ。天の意を受け皇帝になった者と側仕えに挺身した者の、世間から見れば複雑怪奇な関係を誰が分かろうか。


 人は誰もが孤独だが、皇帝のそれは想像を絶する。

 なにしろ人であって人でない。天の子、天子となるのだ。

 孝行が第一とされた明の価値観の下でさえ、時に親子の情が遠くなり、時に皇妃との繋がりは虚無に帰る。それでいて絶えず血統のケアに務め、気象に天意を読まねばならない。彼は大きな矛盾に生きている。それに自覚があってもなくても、皇帝は存在し続けねばならない。


 どれほどの権力を持とうと、側仕えたる私もまた欠損者として本能的に孤独を埋めたい。それが朋党であり蓄財であり、陛下との繋がりだった。


 それらは矛盾することなく、宦官の必然としてあった。

 必然でなくて何だ?

 紫禁城を知らずに答えられる者がいようか。

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