第10話 無謀の親征

 北方ではオイラト族のエセンが急激に勢力を結集し、モンゴル族をも支配下においていた。

 彼らは我が大明に朝貢に来るのが大好きだ。なぜなら、オイラトが献上する品物より大明の御下賜の金品が多いからだ。圧倒的に。

 最初の朝貢使節団は五十人限定だった。が、彼ら一人一人にも下賜の品が支給されたから、使節団は次第に数を増し、二千人まで膨れ上がった。


 実のところ、私はオイラト人と密貿易をしていた。漠北への要衛である大同城を部下の郭靖に守備させ、明の物資と引換えに多数の名馬を手に入れた。それはそれはステキな馬ばかりだ。馬の飼育のためにオイラト人を雇ったくらいだ。気性の良い馬を選んで陛下に差し上げると、彼は気に入って乗りこなしていた。麗しい光景だった。


 正統十四年、オイラト族は使節団の数をさらに水増しし、三千人と申告してきた。北の蛮族の強欲に対し、私は御下賜の額をそれまでの半分にした。やれやれだ。

 ところが、エセンは腹を立て大明の国境を侵して方々を襲撃し、大同城も派手にやられたらしい。

 奴は馬鹿なのか。この大明には大軍とモンゴルにない大砲があるのだぞ。戦を仕掛けて何の得があるのだ。


 やはり蛮族は大明の栄光を見せつけるのが一番だ。夏華の中心におわす皇帝陛下自らが国境に姿を見せれば、エセンとて自分の思い上がりを恥じるだろう。

 陛下は父親になられたばかりの二十三歳、ここで永楽帝に倣い親征の勝利を手に凱旋をなす。これは必須マスト最好的ベストな事案だ。

 

 陛下は臣下に何ら相談することなく、勅令でオイラト親征を決めた。

 勅令から二日後には出発だった。ここが大明の政治システムの凄いところだ。陛下の号令一つで準備は滞りなく整う。軍は常日頃から宦官の手が入り込み、いざとなれば即時対応。こうでなくては帝国といえぬ。


 当然、反対の声はあがった。朝廷は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、次々と奏上を寄こして親征を止めようとする。

 残暑が厳しく旱魃のため水の確保が難しいだの、軍馬のまぐさが足りないだの、兵士の装備がとぼしいだの、不測の事態に対処不能だの。


 やかましい!


 私は反対の奏上を全て握りつぶした。陛下が意気揚々でおられるならば、従うのが臣下の勤め。オイラトを蹴散らすくらい、朝飯前でなくてどうする。何のための明軍二十万か。


 晩夏の紫禁城から騎馬の陛下が出発する。

 勇壮に打ち鳴らされる太鼓、陽に煌めく鎧兜と佩刀。私は側近馬車の中から紫禁城の赤い壁を見渡す。城の午門から千歩回廊を経て、承安門(後の天安門である)を過ぎ、官庁街を抜ける。民どもがひれ伏して隊列を見送る。勝利に向かって進む我々にひたすら伏している。


 北京城の北、徳勝門外で次々に分隊が合流する。その中の一群は私が加わるよう指示した高官たちの馬車だ。

 永楽帝以来の老将軍・英国公張輔や兵部尚書・鄺埜こうや、戸部尚書・王佐、内閣大学士・曹鼐そうだい、張益ら百名以上の文武官が皇帝に付き従った。朝廷をそっくり移動し、軍列に箔を付け、オイラト人に見せつけてやろうではないか。

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