第4話 東宮の長として

 それから六年間、私は局郎を全力で務めた。朱祁鎮しゅ・きちんの食膳と薬に目を光らせ、御乗馬や剣や弓矢、馬車や建物に至るまで点検を怠らなかった。大切な皇太子を健康で五体満足に成人させねばならない。責任と同時に私の未来がかかっていた。  

 私は皇太子の伴伴ばんばんとして、五歳以降の皇太子教育を厳しく行った。皇族の序列意識と礼儀作法から始まり、それをたがえた臣下にいかなる罰が与えられるか。皇帝は決して畏れを臣下に見せないこと。その反動で、彼が甘えたがる時には大いに応えることにした。


 私は朱祁鎮の求めるところが手に取るように分かる。そんな時の彼は、子犬がぱたぱた尻尾を振るが如く……いや、例えが卑しすぎる、小龍の瑞々しい両眼が輝く如くにと、申すべきである。

 彼の信頼と期待に満ちた顔を向けられるとたまらない。子供を持てない身になった私は手塩にかけて育てあげると天に誓った。


 祁鎮さま。この王振は徹頭徹尾あなたさまの老師せんせいでいましょう。私が持てる限りの知恵と知識を生かし、時におおいに遊びましょう。恐れ多くも次期皇帝のお願いは、よくよく叶うべきもの。ただし、不埒な遊びは口にしないに限ります。張皇太后と孫皇后、何より皇帝陛下はあなたを立派な天子にしたいのですから。利巧を演出するのも君子の技でございます。


 二十代前半の私は忍耐強く、次期皇帝の教育に心血を注いだ。一方、宦官の情報網構築には念を入れた。

 広大な紫禁城は外廷と内廷に分かれる。

 外廷は皇帝と高官たちの政治の場、そして乾清門けんせいもんを境に紫禁城の北半分は内廷、皇帝の奇妙な家庭風景が広がる後宮だ。男性は彼と未成年の皇子だけ。他は妃たちと皇女たちが彼の家族だ。皇帝一家と生活を共にする宦官は、当然、物理的心理的距離は近く、私に内廷の動きは筒抜けとなる。

 王伴伴の地位は伊達でない。東宮の権威にすり寄る宦官はいくらでもいた。さらに抜け目のない女官や宮女もいる。皆、利するところに集まるのだ。やがて私の情報網は外廷に赴く宦官へ広がった。


 朱祁鎮の父である宣徳帝・朱瞻基しゅ・せんきの忠心あふれる側近は金英と興安だった。二人して永楽五年に安南国ベトナムから連れて来られた宦官だ。当時はその温雅な振舞いで永楽帝のお気に入りだったらしい。非常に有能で、特技は料理。永楽帝以来、創意工夫の食卓を用意したのだ。


 金英は十三歳で南京の宮廷に入った。忠誠心と勤勉さを持って仕え、彼は恩賞に良い土地と大勢の奴婢を与えられたばかりか、司礼監掌印太監しれいかんしょういんたいかんに昇進し、宣徳帝から「免死詔」を賜った。死罪をまぬがれるみことのりだ。私はのちに彼を朝廷から遠ざけようと、二度に渡り些細な罪で告発したが、いずれも重罰にならなかった。


 興安は道徳心に満ち、義に篤い。彼は金英ほど高位でなかったが、宣徳帝の信頼は篤い。朱祁鎮の父は彼らのように教養と忠誠を兼ね備え、容貌いやしからぬ宦官を好んだ。数々の書画を残した文化人にして、遊び人の気がある宣徳帝らしい。

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