第8話

「き、きみ…大丈夫?」


子どもを揺さぶってみるが、返事がない。


「い、医者に…でも、この時間は」


―きゅるるるるるる。

子どものお腹から、大きな音がする。


「え」

「… … …」

「もしかして、お腹がすいているの?」

「… … …」

「家に帰れば、なにかあるわ。もう少し行ったところなんだけど、立てる?」

「立てない…」


仕方ないので、子どもの体を持ち上げる。

運動不足の子の体で、子どもを持ち上げられるか不安だったが、持ち上げてみると驚くほど軽い。別の意味で、不安になってくる。

もしかして、この子、普段から何も食べさせらていないんじゃ…。だから、家から逃げ出して…いや、それは考えられない。この子をどう見ても10歳とかそれくらい。親から離れるだなんて考えられる年じゃない。

だとしたら、どうしてあんな人気がない道で倒れ込んでいたのかしら。

買い物の途中というわけでもなさそうだし。

とりあえずは、この子に食べさせてから、事情を聞こう。それから、家に送り届けないと。…はぁ。あんまり町には行きたくなかったんだけどな。


「残り物で、悪いんだけど」


そういって、パンとチーズ、温めたスープそして、切った果物を置く。

ピクリとも動かなかった子どもは、一体どこにそんな体力が残っていたとか、俊敏な動きで体を起こすと、すごい勢いで、食べ始める。

パンを片方で食べながら、チーズや、スープ、果物を口にしながら、食べ進めていく。


「すごくお腹がすいていたのね」

「んぐぅ、ぐ、ぐぅ」

「あぁ…水を…そんなにがっつかなくてもとったりしないよ」


身も知らない子どもを家に入れるなんて、少しまずかったかな?と、思うけど、仕方ない。あのまま素通りしていくことなんて、出来ないし。


「ふぅ。助かった。ありがとう」

「元気になって、よかったよ。ところで、君は…」

「しかし、お腹が膨れたら眠くなってきたな。寝る」

「え、」


次の瞬間には、すでに寝息を立てていた子どもに呆然とする私だけが残された。


「えぇぇぇ」


眠った顔は、安らかだ。出来るなら、眠りにつかせてあげたいところだが、この子の両親は、きっと心配しているだろう。私は、心を鬼にして、小さな体を揺さぶっていく。


「寝かせてくれ…」

「そういうわけにはいかないのよ!君のお父さんとお母さんが心配してるわよ。ほら、お姉さんが送ってあげるから、お家に帰ろう」

「ここがうちだ」

「何言ってるの。ほら、早く起きて」

「俺に両親という存在はいない」

「え」


思わず、手が止まる。

両親がいない?孤児ってこと?この国に、孤児院なんてあったかしら?

調べてみないとわからない。

もしかして、そこから逃げ出してきたってこと?

孤児院にいたから、お腹をすかせていたの?


「とにかく俺は帰らない。寝かせてもらう」

「ええ…」


そういって、また子どもは眠ってしまった。

今度は、よほど深い眠りについてしまったのだろう。何度揺さぶっても声をかけても反応が返ってこない。


「どうしたらいいの…」


一難去ってまた一難とは、このことか。

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