第26話 【最終話】妻と一緒に

東京駅に着いても嗚咽は止まらなかった。たまらずトイレに駆け込み、そのまま少しの時間を過ごし、時計をみると11時半少し前だった。


そのまま帰宅はせず、有楽町に向かった。4年前に妻と初めて会ったお見合いパーティ会場のビルに。

ビルを見上げ、もう4年も経ったのだな。としみじみ思った。

それなのに、初めて会った日のことは、鮮明に昨日のことのように思い出された。


それから妻と初めてランチをしたカフェに行き、カレーを頼んだ。

あの日、妻はクラブハウスサンドを頼み、私は今日と同じカレーを頼んだ。

君は、ここでカレー?と少し笑っていたね。


次に初めてデートをした野球場に行き、映画館、水族館、私が結婚する前に住んでた家など、思い出せる限り妻と一緒に行った場所に行き、心の中で妻に話しかけ、思い出を語った。


そして、プロポーズをしたフレンチレストランに行った。

そのレストランは取り引き先の人に、高級感があって雰囲気が良いところとして紹介された所だ。

入り口で、偶然、その紹介してくれた取り引き先の人に会った。その人は常連で以前に妻と一緒に来たときに会い、妻を紹介していた。

現在は退職し、妻が亡くなったことも知らない様子で

「美人の奥さんは元気?今年はちゃんとお祝いできたの?」と聞いてきた。


婚約したあの日、私達は毎年この店で結婚記念日を祝う約束をしていた。

私が曖昧に返事をすると「去年は奥さん一人でここで食事してたよ。仕事ですっぽかされたってね、仕事もいいけど奥さん孝行もしないとね」と笑って帰っていった。


去年は、仕事でドタキャンしていた。

膨れたようにみせていたが、妻は私を攻めたりしなかった。それどころか「仕事なら仕方ないよ」と慰めてもくれた。

妻の優しさに甘え、約束の一つも守れなかった。 私はやっぱり最低な夫だ。


最後に婚約をした日に泊まったホテルに着いた。

ダメ元で空きを聞くと、ちょうどキャンセルが出た部屋があると言われた。明日は連休中の平日だからかもしれない。

部屋に入ると、私はライティングデスクに座り、来る途中で買った便箋を取り出し、

一呼吸して、書き出した。


由里ちゃん

君が亡くなってから、君が何を思い、何をしたかったのか知りたくて、いろいろ調べたんだ。

ごめん、君の携帯やタブレットも見た。君が知られたくないことまで知ってしまった。本当にごめん。 

それから君の友達にもたくさん会ったよ。

君の人生は大変なことが多かったけど、良い友達に恵まれたんだね。きっと君の人徳だろうね。

それから、叔母さんにも。君の幼い頃の思い出話も聞いたよ。お転婆だったんだね。


君からの手紙には謝罪の言葉があっけど、謝らなければならないのは、僕の方だよ。

君の気持ちも知らずに、知ろうともせずに、どれだけ君を傷つけたんだろう。

でも、由里ちゃん、君も酷いよ。

なんで僕に何も話してくれなかったんだよ。

結婚したときに、君は僕に「何でも話して」と、言ってくれたのに、君は僕に何も話してくれてなかったじゃないか。

僕はそんなに頼りない男だったのか?

全てを話してくれていたら、一緒に痛みを分かちあえたし、君を守ることができたかもしれない。いや、守りたかったよ君のこと。


由里ちゃん、君に会いたいよ。君と一緒に生きていきたかったよ。


もう僕は、君にしてあげられることは無くなったけど、生きてゆくよ。君の分まで。


君に出会えて、僕は本当に幸せだったよ。


そこまで書いて、買ってきた妻が一番好きだったビールを飲み干し、書いた手紙を妻が残した手紙と離婚届が入った封筒にしまった。


翌朝、私は顔を洗い、自分の頬を叩いた。


電話をかけようと携帯を見ると、充電し忘れて電源が切れていた。

仕方なくホテルの電話から、会社に電話をした。

部長に「明日から出勤します」と伝えた。

「無理するな連休明けからでもいいぞ」

「1日も早く仕事に復帰したいんです」

「それは助かる、実はな、今のプロジェクト、近藤の評判が良くないんだよ。強引に事を進めようとして、相手先からも社内からも反感を買ってな、今さら頼めた義理ではないんだが、山下、お前の力を貸してくれ、頼む」

私は呆気にとられたが「私で良ければ喜んで」と答えた。


そして、家の近くの桜並木を歩いた。桜はすっかり散ってしまったが、桜の木を見つめ、「由里ちゃん、見ててね」と心の中で呟いた。


家に着くとマンションのエントランスに同じ背丈の二人の男がいた。一人はスーツ姿、一人は白シャツにジーンズ、サンダルという不釣り合いな2人だった。

近づくと、奥野と大介だった。

私がキョトンとしてると、

「どこに行ってたんだよ」

「どこに行ってたんですか」

と二人が声を揃えた。

よくみると、二人は細面の顔が何となく似ていた。

大介は「生きてたか、後を追ったんじゃないかと気になって来たんだ。一応、第一発見者にはなってやろうと思ってな」とブラックジョークをかましてきた。

奥野は「私は確認したいことがあって、電話かけても繋がらなかったので」

2人とも心配してくれていたようだ。どうやら2人は意気投合しているように見えた。


「その顔だと、カミさん探し終わったみたいだな」

「ああ」と低く答えた。

「景気付けに飲みに行くか!」

「はぁ?!真っ昼間だぞ、それに俺は明日から仕事でいろいろ準備しなくちゃならないんだよ」

「つべこべ言わずについてこい、先生も行くでしょ?」

「ハイ」

「ハイじゃなくて、奥野さん、あなた仕事中でしょ?!」

「まぁ何とかなります」と奥野は大きな声で笑った。


【終わり】

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