第23話 最後の旅

奥野は私をタクシーに乗せ、「また連絡します」とそっとドアを閉めた。

家に着くと、ソファに座り呆然としていた。

カレンダーを見ると、妻が亡くなって、まもなく3週間、世の中はGWに入っていた。

とてつもなく長い時間が経ったような気がしてならない。

そして、真実を知って、私は自己嫌悪と徒労感に苛まれていた。


玄関チャイムが鳴り、自分が寝ていたことに気づいた。

夜7時をまわったところだ。

インターホン越しに見えたのは、大介だった。


「よう、坊っちゃん、今夜はブタ箱の中かと思ったら、もう出所か」と笑いながら部屋にあがってきた。

「なんでもお見通しなんだな。」

警察に捕まったことなど当然話してないし、家の住所だって教えた覚えはない。

「さすが敏腕弁護士だな」とニヤリと笑っていた。

「知ってるのか?」

「お前は本当に平凡に生きてるんだな。何も知らないのか。奥野一は敏腕で名が通ってるぞ。企業弁護が主だが、ボランティアで金がないやつらの相談にものってる。歌舞伎町でも世話になったやつは多いんじゃないか。」

「ところで何の用だよ」

「これだよ。見舞い」とミカンが入った袋を渡してきた。

「なんだよそれ?」

「相変わらず、鈍いな。それじゃ出世しないぞ。よく見ろ」とミカンを指差してきた。

どこかの道の駅で買ったのか、袋のラベルには生産者のところに 木田 美智子と書かれていた。

見覚えのある名前だった。

考え、思い出した、妻宛の年賀状だ。

私はその場で年賀状を探しだし、名前が一致してることを確認した。

「かみさん、そこに身を寄せていた時期があるようだぞ。」

「いや、もういいんだ。」と投げやり答えると

「かみさんの本当の姿を知りたいんだろ?最後まで調べろよ」と言い残し、大介は帰っていった。


木田 美智子、年賀状を見ると、新年の挨拶ばかりで関係性はよく分からなかったが、字の感じから年上だと予想はついた。

住所は静岡県の熱海市だ。

以前、妻から「静岡に可愛がってくれた叔母さんがいて、一度一緒会いに行きたい」と話していたことを思い出した。


迷ったが、これが最後だと思い、熱海に行くことにした。

翌日起きると、前日に取り押さえられた辺りに痛みを感じた。まだ朝だというのに気温は高く汗ばむ陽気だ。

クローゼットの中から夏物を探していると、不自然にしまわれた国語辞典を見つけた。よく見ると辞書の形をした金庫だ。

私は妻の財布の中にあった鍵を思いだし、刺してみると、案の定、鍵は一致した。


金庫の中には20万円が入った銀行の封筒、不動産登記に関する書類と、手紙を送るときに使われる白い封筒が厚みを帯びていた。

時計を見ると、昨日予約した新幹線に乗るためには出なければならない時間となっていた。

急いで支度をし、その封筒を鞄にしまった。


新幹線に乗り込み、封筒の中身を出そうとすると、妙な緊張感が身体を走った。

二つに折られた便箋と離婚届が入っていた。

離婚届には妻の箇所は記入されており、

便箋を開くと「聡志くんへ」という文字が見えた。

何故か泣きそうになった。事情は知っているが、やはり妻は離婚を考えていたのだ。その事実が何故か悲しかった。

開いた手紙を一度閉じ、ずっと手紙を見つめていた。

妻のLINEをみるときも、日記を読むときも今ほど緊張はしなかった。


これで本当に終わってしまうという予感があるからなのだろうか。あるいは初めて自分に宛てられたものだからなのか。

深呼吸し手紙を読もうとすると、「まもなく熱海」というアナウンスが流れ、手紙を再び鞄にしまった。


熱海に着き、タクシーに乗り込んだ。目的の住所を伝えると20分程度走った山の中で降ろされた。車が止まったところから、みかん畑を抜けると古い民家が見えた。

振り向くと遠くに海が見えた。

由里ちゃんが好きそうな景色だなと、ふと妻の笑顔を思い出した。


古い民家の外の水道で何やら道具を洗っている1人の女性が見えた。

私が声をかけると、中年の女性が驚いた顔でこちらを振り向き首をかしげた。

私は由里の夫であると伝え、突然来たことを詫びると、笑顔になり「よく来てくれたね」と少しなまった話し方で迎えてくれた。顔立ちは違うが笑顔はどことなく妻に似ていた。

「ちょうど一段落したところなの、むさ苦しいところだけど、上がって」と家に招き入れてくれた。

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