第22話 本当の罪作り
堺に馬乗りになっているところを守衛に取り押さえられた。
そのまま、警察に連れていかれた。
取調室に入ると、妻の事故を担当した平野という刑事が困った顔で私を見つめてきた。
私は質問には淡々と答えた。
ただ言えなかったのは、反省しているという言葉だった。
反省などできなかった。
あの男は殴っても殴り足りなかった。でも一番殴りたかったのは自分自身だ。
妻を追い詰めたのは私だ。
子供を流産したときに、「子供なんていらない。
由里ちゃんがいてくれたら、それだけで幸せだ」、と口に出して言っていたら、妻を夜な夜な飲み歩かせることも、堺のような男につけこまれることもなかった。
妻の異変に気づき、妻と話す時間を取っていれば。
いや、気づいていたのかもしれない、妻と向き合うことを避け、仕事に逃げていただけだ。
「反省してくれれば、情状酌量もあるんですけど」と平野が私を見つめ訴えてきた。
私は咄嗟に弁護士をお願いしますと、奥野の名刺を渡した。
なぜそんな行動を取ったのか、自分でも分からなかった。誰かに助けてもらいたいという、自分の弱さからだろう。
この期に及んで、妻の友達に助けを求めるなど、自分の小ささが嫌になった。
奥野はすぐに駆けつけてくれ、刑事と話をつけてくれた。
よければ妻の事故の加害者の弁護士とも話をすると言ってくれた。
奥野と警察署を出た私は何も話せず、ただ下を向いて歩いていた。
そんな私を心配したのか、通りかかった公園のベンチに、座りませんか?と声をかけてくれた。
ベンチに座ると奥野は缶コーヒーを2本買い1本を私に渡してくれた。
私は「ご迷惑をおかけして、本当にすいません」と小さな声で言うと、
「いやいや、頼ってもらって嬉しいですよ」と優しい笑顔で囁いた。
「義母のことでも迷惑をかけたそうで。」
「あぁ。昔の話ですよ。それに、それが私の仕事です。お助け奥野マン」と冗談を言ったが、私は笑うことはできなかった。
「由里ちゃん、いろいろと苦労が多かったから、由里ちゃんが結婚したって聞いたとき、僕も圭介も本当に喜んだんですよ。由里ちゃんもこれで幸せになれるってね。」
幸せにするどころか、妻の気持ちも分からず、義母や堺からも守ってやることもできなかった。
むしろ、義母や堺から私を守るために妻は死を選んだのだ。
そんな事を考えていると、奥野は自分の話を始めた。
「私の亡くなった妻ね、私よりも8つ上で、私が司法浪人中にバイトしていた法律事務所で司法書士として働いていて、バリバリ仕事をしている姿が格好良かったんですよ。
それで私が惚れて、猛アタックしてなんとか付き合いだしました。妻は渋々って感じでした」と笑い
「なかなか司法試験に受からなくて、実家からも諦めるように仕送りを止められて、そんな私をみかねて妻が家においてくれて、バイトも辞めさせて勉強に集中できるように経済的にも支えてくれました。それなのに私は勉強に行き詰まるとパチンコに逃げてた最低な男でした。そんな私を叱って、尻を叩き勉強させてくれましてね、なんとか司法試験に合格できた。
弁護士になってからも、最初は、まともな給料貰えなくて、結局、妻に支えてもらってました。やっと、まともな給料を貰えるようになったら、妻の乳ガンが見つかった。
見つかったときには、あちこち転移してて、手術も難しいと言われました。
それからは、妻との時間を大切にして、行けてなかった新婚旅行に行ったり、少しでも長く妻と居られるようにしてたんですよ。
でもね、妻が亡くなる前に言うんですよ、私が司法浪人してる頃が一番楽しくて幸せだった。とね。」
私が返答に困っていると
「すいません、長々と私の話をして、なにが言いたいかというと、由里ちゃんの幸せは由里ちゃんにしか分からない。ということです。」
と、ごまかすように笑った。
奥野は私を励まそうとしているのだ。
その後、奥野は「この近くに上手いラーメン屋があるんですよ。」と私を連れてってくれた。食欲は無かったが、「腹が減っては戦はできぬ、ですよ。」と無理やり私に箸を持たせた。
奥野のそんな不器用な優しさに救われた。
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