第18話 妻の過去

妻の親友、神崎美佳から話を聞いている。


聞きたかったこと、義母の話は聞いた。初めて聞く話ばかりだった。

義父の自殺、義母の男癖や浪費癖、どれも衝撃的だった。

私がぼそっと「俺には何も話してくれない、信用してもらえてなかったんだな」と呟くと

「それは違うと思う!

由里ね、とっても不器用なところがあって、自分のこと話すの本当に苦手だったの。私に話してくれたことだって、私がいろいろ聞くからだと思う。

それに、辛い過去は思い出したくなかったんじゃないかな。由里、あなたのこと話してた、趣味が同じでいつも楽しいから、あなたと一緒にいると嫌なこと忘れられるって。」

励ましの言葉は嬉しかったが、やはり話して欲しかったという思いは消えなかった。


そして、もう1つ聞きたかったこと、宮部とのことだ。

なぜ宮部と別れたのか疑問だった。宮部と妻はお似合いで、宮部は魅力的な男だ。単によくある理由で別れたとは思えなかったからだ。


「由里と圭介くんは本当に仲良かった。私は二人は結婚するんだと思ってた。

あっごめんなさい、昔のことだから」


宮部は幼い頃に父親を病気でなくし、母親と祖父母の家で育ったそうだ。家計は苦しかったらしく、宮部も奨学金で進学していた。共に苦労をしている二人は自然と仲良くなった。

宮部と妻は実家も近く、お互いの家を行き来していた。


別れた原因も義母が関係していた。

「圭介くん銀行員じゃない、そのことを利用して、お母さんが自分の男に融資するように頼んだの。でもその人、かなり怪しくて銀行から許可は降りなかった、その腹いせにその人が圭介くんのいた支店に乗り込んで暴れたみたい」

その事が原因で、宮部は地方に異動になり、これ以上は迷惑をかけられないと、由里の方から身を引いたそうだ。

それから何年かして、宮部は転勤先で知り合った女性と結婚し、その後、功績が認められ東京に戻った。

「圭介くんが東京に戻ってこれたことを知って、由里、本当に嬉しそうだった。圭介くんの幸せを心から祈ってたから。」

美佳は話し終えると「もう由里、この世にいないだよね。まだ信じられない。ここであなたと話してると、遅れてゴメンなんて言って、やってきそうな気がする」と、

涙を堪えるように、寂しく笑った。


知れば知るほど、妻が哀れに思えた。

そして妻の幸せを奪った義母が憎かった。


その後、美佳の夫も合流し、夫の両親が経営している、おばんざい屋に案内され夕食をご馳走になった。

美佳の夫は口数は多くはないが、優しい雰囲気で美佳とはお似合いだった。

帰りは酒が飲めない美佳の夫が京都駅まで車で送ってくれた。

美佳も美佳の夫も良い人達だった。

辛いことが多い妻の人生だが、美佳には救われていたということは容易に想像できた。


帰りの新幹線の中で、妻の過去を考え、胸が痛んだ。

義母という毒親のせいで幸せや成功を奪われた。もし、今日聞いたことさえなかったら、妻は宮部と結婚し、幸せに暮らしていただろう。

私と結婚するよりずっと。そんな考えが私を支配した。


美佳にはマーくんのことは聞かなかった。なにか知ってるかもしれないが、このことは、自分で決着をつけようと決めていた。


東京に着く直前になって、大介から電話がきた。

「坊っちゃん、頼まれてたもの上がったぜ」

これから取りに行くと伝えると

「これから、ひと仕事あるんだよ。」

「これからか?」

「ああ、お前さんみたいな平凡サラリーマンとは違うんだよ。取りにくるなら明日にしてくれ」

と電話が切れた。

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