第9話 出世の道、閉ざされる
妻が亡くなり5日が過ぎ、明日、初七日を向かえる。
休んでばかりもいられないと、会社に初七日が済んだら出勤すると連絡をしたところ、部長から今晩会えるかと言われた。
約束の時間に待ち合わせの場所に行った。
個室がある和食の店で、奥の座敷の個室に案内された。
その店は以前に来たことがあった。
今から2カ月、昇進の話をされたのも、この店だった。
部長から「今度のプロジェクトが成功したら、お前を部長に推薦しようと思ってる」
「自分がですか?!まだ早いですよ!」
「早いもんか、お前ももうすぐ40だろ?」
「部長はどうするんですか?」
「俺はもっと上を目指す。他の部署の部長連中は定年まで働ければいいとしか思ってない、それじゃ会社は良くならなしい、大きくもならない」
「自分には荷が重いですよ」
「何いってんだ、お前なら大丈夫だよ。何よりお前は部下からの信頼が厚い。それは、財産だ
これから一緒に会社を大きくしていこう。」
そんなやり取りが、はるか昔のことのように思える。
今日の呼び出しは良い知らせではないだろう。
私は中堅の食品会社の課長というポジションだ。
ここまで来れたのは、妻のおかげだった。
妻と知り合ったばかりの頃の私は、仕事にやる気を見いだせず、出世からは遠い場所にいた。
そんな自分を隠すように妻には、競争が苦手だから出世はしなくていいと話していた。
妻は首を傾げて、「仕事って、競争でするものじゃないでしょ。同僚は仲間だし、切磋琢磨するライバルでしょ?」
その言葉に脳天を打たれた気がした。
後になって知ったが、妻は大手商社で管理職を務めたことがある。それだけに発想が違っていた。
それから私は、卑屈な自分の考えを捨て、仕事の向き合い方を変えた。
まずは同僚にたいして、積極的に意見を聞くようにした。
私は姉と妹に囲まれて育った。そのおかげかガールズトークにも違和感なく入れるため、どんなポジションの女性社員からも意見を聞くことができた。彼女たちの意見は的確で、男にはない目線があって、侮れなかった。
営業というポジションだったが、ある商品を売るだけで商品について研究してこなかった。
そんな自分を恥じ、商品を徹底的に研究した。開発の連中の意見も取り入れた。
雰囲気作りのため、どんな時でも感謝の言葉と笑いを忘れないようにした。
すると自然とチームワークが生まれ、お互いがフォローし合う良い関係になっていった。
プレゼンも研究した。口のうまい同僚を羨んだこともあったが、あえて真似はせず、逆に商品の長所だけではなく短所も丁寧に説明した。
それから商品は売れ行きはよくなり、少しずつ大きな案件を任せて貰えるようになった。
そして半年後に主任になった。
同期の中で、一番遅い出世だったが、それでも嬉しかった。その勢いで妻にプロポーズしたのだ。
妻はプロポーズより私の出世を喜んでくれた。
それから1年後、係長を飛ばし課長になった。
そのとき妻は「聡志くんは、やればできる人だと信じてた」と抱きついて喜んでくれた。
部長は、気まずそうに個室に入ってきた。
「大変だったな。何と言ったらいいんだか」
「気にしないでください。用件は?」
重い空気に耐えられず、自分から質問した。
「今度のプロジェクトの件ですよね?」
「ああ。山下のやっていた仕事な、正式に近藤に代わることになった。先方の希望で。」
近藤とは2カ月前に大手食品メーカーから中途採用で入社した切れ者だ。噂によると社長が引き抜いてきたそうだ。
切れ者な分、どこか人を見下した態度をとるので、同僚からは不人気だった。
近藤に脅威を感じていたが、仕事はチームワークだ。同僚から嫌われる人間はダメだ。と自分を励ましてもいた。
「それから部長への昇進の話だか」
「無くなったんですよね?分かってます、プロジェクトを途中離脱するわけですから」
「山下、俺はな、」と部長が話しだした言葉を遮り、
「明後日から出勤するというと伝えたんですが、もう少し休んでもいいですか?、妻の事もあるし、体調もよくないので。」
部長は虚をつかれたような顔で
「ああ、ゆっくり休め」と言ってくれた。
プロジェクトから外される以上、無理して出勤する必要はない。有休も貯まっていたし、休日出勤した分も振り替えていない。
どうせ出世もないし、ヘタすりゃ降格だってあり得る。
家に着くと、さすがに落ち込んだ。
俺の人生って、いつもこうだよな。
高校時代、野球部のレギュラーテストがあったときも前日に捻挫して力を振るえなかった。
運も実力のうち。か、
俺には運も実力もないということか。
妻を失くし、仕事までか。
妻の遺骨を眺め呟いた
「由里ちゃん、俺どうしたらいいんだよ」
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