第8話 妻探しを始める

行わなければならない妻の死亡手続きが滞っていた。

その一つが妻の携帯だ

まだ妻のLINEは開いていない。いざ開こうとすると、後ろめたさと、真実を知りたくないという気持ちが交錯した。


そんな日々の中、警察からの電話、相手の弁護士からの連絡などあったが、対応する気になれず、無視していた。

このままでというわけにはいかないが、どうしても事故の事を受け入れることができずにいた。


妻が自殺?

信じたくはないが、絶対に無いと自信を持って言えない自分がいた。

徐々に不安が増していく感じがした。


妻の親しい人なら何か知ってるかも知れないと思い連絡をとってみる事にした。

情けない話だが、妻の友人を私は殆ど知らない。

唯一知っているのは、以前、妻が勤めていた会社の同僚で、我が家にも遊びに来たことがある子がいた。


「この子もユリちゃんって言うの。ちょうど一回り下だから、妹みたいで可愛くて」と妻は嬉しそうに紹介してくれた。

ユリという子はいわゆる大人しい子で、線が細いという印象だった。

妻のスマホを使って連絡先を探し、磯貝優里という名前を見つけ、妻に代わってお世話になったお礼が言いたいという内容のメッセージを送った。


私もお会いしたいと、すぐに返事がきた。

仕事終わりに、妻が働いていた会社の近くのファミレスで会う約束をした。

約束場所に行くと、すでに優里は来ており、若い男性と一緒に席に座っていた。


私の姿に気づくと、若い男性の方が立ち上がり、木村と言いますと名乗った。

「僕も佐々木さんにお世話になったので、一緒に話をさせてください」と続けた。

「急に呼び出してすいません、会ってお礼が言いたかったのと、できれば妻の思い出話でもと思いまして」

優里はゆっくりとした口調で

「お礼を言いたいのは、私の方です。

私、人見知りだし要領が悪いから、前の会社ではイジメみたいなのにあってて、、。今の職場でもなんか浮いてて、でも佐々木さんだけはいつも話かけてくれて、仕事も丁寧に教えてくれて、本当に優しかった。」

少し涙声になりながら話を続けた。

「佐々木さんが亡くなったなんて今でも信じられなくて、本当に悲しくて、なのにみんなお葬式にも来ないんですよ。あんなにお世話になったのに」言いながら涙を流した。

そんな優里に木村は、そっとハンカチを渡した。


妻は幸せだな。泣いて悲しんでくれる同僚がいる。


泣きながら聞き取れないような声で優里は「全部、副社長が悪いんです」

「それはどういう意味ですか?」

涙が止まらず話せなくなってる優里からバトンわ受けとるように、木村が話し出した。

「副社長のパワハラとセクハラで佐々木さんは会社を辞めたからです。」言葉の端に躊躇いが感じられたので、

「詳しく聞かせてもらえませんか?」と話を促した。

「一言でいえば副社長の嫉妬です。佐々木さんは仕事はできるし、面倒見もよくて語学も堪能だからみんなから頼りされてました。僕も頼っていた1人です。

それに引き換え副社長は、仕事は他人任せ、手柄は横取り、海外との交渉なんて全くできない」


妻は半導体などの部品を海外から仕入れ、国内の企業に卸す会社に勤めていた。

「そんな佐々木さんを副社長は妬んでいたんです。だからいつも佐々木さんの悪口を言ったり、やってもないミスで責めたり、

特に佐々木さんが妊娠してからは酷くなって、

夜の生活が忙しいから仕事に身が入らないとか、子供を作る暇があるなら仕事の勉強をした方がいい

とか、言うようになって、本当に酷かったです。」

聞いてる私も腹が立って、話を聞きながら拳に力が入っていくのを感じた。

仕事を休みがちになったのは、つわりだけが原因じゃなかったんだな。

何も知らなかった自分が恥ずかしかった。


「副社長は社長の息子で、誰も逆らえなかったんです。佐々木さんが辞める少し前、副社長が誤発注して、会社に何億っていう損害を与えたのに、それを佐々木さんに押し付けて辞めさせて、自分は海外研修という名目で逃げたんです」

明らかに木村の言葉は強くなり憤慨しているようだった。

酷い人間と働いていたんだな。妻は愚痴や不満を話すことなど滅多になかった。

話をちゃんと聞いてやってれば妻の痛みを分かち合えたかもしれない。

「最近、副社長が海外から帰ってきて、佐々木さんが亡くなったと連絡が入ったら、会社に迷惑をかけた人間の葬儀には行くな、という命令が下ったんです。だからみんな葬儀には参列できたかった。」

「あなた達は命令に従わなくて大丈夫なんですか。」

「僕らはもうすぐ会社を辞めるんです。あんな副社長の下で働くなんて我慢できませんから。

それに僕たち来年結婚して、二人で田舎に引っ越そうかと考えてるんです。」

その後、二人の夢について聞かせてもらった。

この二人には未来がある。自分には無くなった未来が。


1人、桜の道を歩きながら、妻と過ごした日々を思い出していた。

もっといろんな事を話し合っていれば良かった。

もっと妻の言葉に耳を傾けていれば良かった。

もっと、もっと。。。

そうすれば、もっと長く一緒にいられたかもしれない。

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