第4話 時間は動いている

妻が亡くなった翌朝、目覚めると上着を脱ぎネクタイを外しただけの格好でリビングのソファに横になっていた。

時計を見ると、まだ5時40分だ。

テーブルの上には、500㎜のビール缶が3缶転がっていた。

妻も私もビール好きで、冷蔵庫にはビールを切らしたことがなかった。

昨日は食欲もなく、寝る気にもなれず、ビールと簡単なつまみで夕食を済ませたのだった。


もう一寝入りすることはできるが、妻のいない寝室で寝る気にもなれず、シャワーを浴びることにした。鏡に映った自分の顔は髭が伸び、目が腫れひどい顔だった。


悲しみに浸る余裕もなく、今日はやることが多いのだ。

無情にも思えるが、やることがあるのは今はいいのかもしれない。

髭をそり、リビングに戻りテレビをつけると、毎日、妻と一緒に見ていたニュース番組が放送されていた。

世の中は何も変わらず動いているのだ。

自分だけが取り残された感じがした。


そのまま、見ているわけではないテレビ見つめていると、いつの間にか時間が過ぎ、動きださなければならない時間になった。

まずは社用携帯で、昨日妻が亡くなったこと、しばらく休むことを連絡した。それは事務的で、まるで業務連絡だな。と苦笑した。


妻がいる病院に向かう途中に、昨日の刑事から電話がきた。

事故の詳しい説明をしたいという話だった。病院の後に向かうと伝え切った。

葬儀社に連絡し、通夜は明後日、その次の日に告別式と決まった。着々と妻を送る準備が進んでいく。


義母が気になり、電話をしたが、つながらなかった。


警察署に行き、昨日電話で話した平野という担当刑事から事故の経緯を聞いた、相手は運送業者の新人ドライバーでアクセルとブレーキを押し間違えたことが原因だそうだ。

相手方の弁護士が会いたがってるそうだが、初七日が済むまで待って欲しいとだけ伝えた。

怒りがないはずはない、その新人ドライバーとやらが目の前にいたなら殴りかかっているだろう。

だが、今は他に考えなければならないことが多過ぎた。またどこか他人事のようにも思えた。


義母の事が気にかかり、妻の実家に向かった。

妻の実家は埼玉にあり、都心から電車で1時間程度だ。


妻の実家に行くと、玄関は開いており、義母は昨日の格好のまま仏壇の前で茫然自失となっていた。

そんな義母に酷だとは思ったが、事故の事、葬儀の事をゆっくりと話し始めた。

義母は聞いているのかどうか分からないが、急に暴れだし、「由里は、うちの由里ちゃんは死んでなんかないの、私より先に死ぬなんて、そんなことあるわけないの」と大声で騒ぎ出し、「帰って」と近くにあるものを投げつけてきた。

義母を落ち着かせるのに2時間かかり、結局、その日は妻の実家に泊まることにした。


翌朝、義母は冷静を取り戻し、葬儀の準備に力を貸してくれた。

誰に連絡したらいいか迷っていると、義母が教えてくれた。義母は妻の事を本当によく知っていた。


以前、義母は「私達は親友のように仲がいいの」と笑顔で私に伝えてきた。

妻の父は、妻が高校生の頃に亡くなり、それからは二人三脚で生きてきたのだと。そのためか、妻は結婚するまで実家を出ることはなかった。


通夜を翌日に控え、葬儀会場に妻を運び一旦家に戻った。

ふと妻のスマホが気になり、充電器にさすとすぐにLINEがあったことを知らせるポップアップが見えた。

それはマーくんという相手からだった、「本当に心配してます」という文字だけ見えた。

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