第3話 妻の死
妻のスマホをじっと眺めていた。
指紋認証を解除したという自分の行いについて、考えた。
何をそんなに知りたいのか。
妻が目を覚ましたら何といいわけするのか、答えはでなかった。
妻は今、生死の境を彷徨ってるのだ。こんな事をしてる場合ではないと、我に帰り病室に戻ろうとしたとき、
前から看護師が走ってきた。怒り口調で「探しましたよ、どこに居たんですか?早く来てください!」と言うと病室の方へ走りだした。
後を追いかけて集中治療室に戻ると、
既に義母は集中治療室の中で、泣き崩れていた。そして人目を憚らず大声で泣き始めた。
医師に目が合うと、「17時32分でした。」と告げられた。
私はその場で立ちつくした。
妻のスマホが気になり、臨終にも立ち合えないなんて、最低の男だと自分を責めた。
妻の死に顔を見ながら、現実を受け止められずいた。
嘘だろ?嘘だと言って欲しかった。
だが、現実は否応なしにやって来た。
医師は「後は任せます」とその場を去り、
看護師は霊安室に運ぶ準備を始めていた。
私はその場を動けずにいると、看護師から「そろそろ、ご移動を」と言われ、歩きだすと前を義母が看護師支えられながら、ゆっくり歩いていた。
不思議とその場では涙はでなかった。
集中治療室をでると、前には、スーツ姿の男性が2人立っていた。1人は平野という、さきほど電話で話した小太りで頭が薄くなっている50代くらいの刑事だった。
「大変でしたね、また後日伺います」と言い残し、帰っていった。
気付くと横に先ほどの看護師が立っており、「今後の説明をします」と言ってきた。私は義母にも声をかけようとしたが、憔悴しきった様子の義母には何も言えず、義母は抵抗したが、取り敢えずタクシーに乗せ帰らせる事した。
その後、今後の事について、最初に案内された部屋と同じ部屋で説明をうけた。
説明は淡々と進み、あまりにも事務的口調に腹が立ったが、言い返す気力はなかった。
妻の傍に居たいと願いでたが、認められず家に帰ることした。
家に帰ると、まだ妻の残り香が部屋に充満していた。
食欲は無かったが、翌日からの忙しい日々を考えると何か口に入れた方がいいと思い、冷蔵庫を開けると、
手前に弁当の残りの卵焼きがあった。
妻が弁当を作ってくれたことを思い出した。
以前は毎日のように作ってくれていたときもあったが、最近では殆どなくなり、今日は珍しく作ってくれ、私を驚かせた。
食べることができなかった弁当を開けると、
唐揚げ、卵焼き、きんぴらごぼう、ご飯には鮭フレークがかけられ、角にはデザートとして苺が入っていた。
それは私の好物ばかりだった。
私は声をあげて泣いた。口に手をあて声を殺そうとしたが、嗚咽は止まらず、涙も溢れてきた。
今朝、妻と別れるまでは、こんなことになるなど想像もしてなかった。
午前中に大切な会議があると妻に話すと、「頑張ってね、これ会議の後にゆっくり食べて」と笑顔で弁当を渡してくれた。
そんな朝のやり取りが、思いだされ、余計に涙が止まらなくなった。
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