第10話

街の広場では今まで感じた事のないレベルの妖気と殺気、そして血の匂いに満ち溢れており警官だけでなく地元民達が苦悶の表情でそこかしこで絶命し横たわっていた。


皆、胸や腹を切り裂かれており内臓が外に飛び出している。


それらの血溜まりの中央にはまだら色の作務衣を着た長白髪の壮年の男が、血と臓物で描かれた魔法陣の上で呪文を唱えながら仁王立ちしているのが見えた…その手には柄にドクロが彫り込まれた血塗れの短刀が握られている。

恐らく儀式に使ったのだろう。


紛れもなく奴が妖術系YouTuber、変幻示斎へんげんじさい(本名︰田沢 氷兎故ひょっとこ)だ。



一方で、変幻は儀式に夢中になっている…先制攻撃を仕掛けるなら今だ!


ダイカタナ︰Abare! 頼む!!


俺はAbareにLINEを送ると同時にAbare車が変幻を轢いた。


変幻は呪詛を唱えながら5m以上吹き飛ばされて仰向けに倒れた。


「変幻! ここがあんたの墓場になるのよ!!」

ねくろがAbare車から降り、変幻に向けて叫んだ。


すると…確実に轢いた筈の変幻がムクリと起き上がった。

そして、こちらにふらふらと歩いてくる。


「ククク…ねくろ、久し振りのシャバの空気はどうだ?」


変幻は、あらぬ方向に曲がった頭をねくろの方に向けて問いかけた。


「日本の警察と司法の優秀さを実感したわ。朝6時に令状持った警察に家宅捜索ガサ入れされた時はさすがに驚いたけど、国選弁護人が一週間であたしのアリバイとアンタの詰めの甘さを証明してくれた…アンタは所詮、単なる色ボケの妖術バカでしかないって事ね」


ねくろは腕を組んで変幻を睨みつけ、そう返した。


「…抜かせ。全てはお前が我のねんごろにならぬのが悪いのだ…無辜の警官や地元民がこの通り巻き添えに…ククク」


変幻が不気味に哄笑した次の瞬間、俺の乗る謎留車が変幻を再び轢いた。


今度こそ死んだと思ったが、変幻の妖術による驚異的な回復力で色んな所が折れ、潰れひしゃげた部分を復元させながら立ち上がった。


物理攻撃は効かないのか?


「乗用車の馬力如きで今の我を殺すなど不可能…ねくろ、何故我を拒む? あれほど赤スパを幾度いくたびも幾度も送った間柄ではないか…」


うわ、こいつ厄介リスナーかよ。

ねくろも災難だな…。


「本名が『田沢 氷兎故ひょっとこ』とかってフザけた名前の奴となんか面識を持ちたくないの!」


ねくろは変幻を睨み付け、言い放った。


「な、なんと…我の真名しんみょうが悪かったばかりに…」


変幻は膝から崩れ落ちた。


「それにやる事なすこと全てがキモいのよ! 気を引きたいのか何なのか知らないけど、あたしの師匠殺すし…今もそうじゃない!」


「あああああああぁぁぁぁぁぁ…」


変幻は折れた腕で頭を抱え苦しんでいる。


「変幻、くたばれ!」


それを見計らってハチゴロウが退魔の法を変幻にゼロ距離で撃ち込んだ。

爆散する変幻の身体。


俺達は変幻に勝ったのだ。

これで邪悪な儀式も中断され、街に平和が戻るだろう。

…当然、犠牲者が生き返ることは無いが。


ねくろとハチゴロウはハイタッチしている。

Abareや謎留も安堵した様な表情だ。


俺もホッとしつつ、視線を前方に戻す……その時だった。


血溜まりの中に散らばっていた変幻の肉片が脈打ち始め、そこから赤い霧が立ち昇り一か所に集合し球状に形成された。


まるで巨大な赤い霧の球体だ。


大きさは目見当で直径3mはあるだろう……流石に轢くのは無理か?


「ハチゴロウ…お前の忌々しい退魔の法のお陰で術は完成され、我は肉体のくびきから開放された…礼を言うぞ」


変幻はそう言って球体の一部を元の顔に変化させ、ねくろの方を向いた。


「クッ…」

ハチゴロウが顔をしかめ悔しがる。


「さあ、ねくろ…我と一つになれ。さすれば他の雑魚どもを蹴散らしオカルト系YouTuber界の頂点に君臨する事も夢では無い…」

変幻(怪異)はそう言うと、不気味に哄笑した。

『何時でもねくろを好きにできる』と言わんばかりの態度だ。


「嫌よクソ野郎」

そんなねくろは、変幻(怪異)を睨み付け右手の中指を突き立てながら返した。


そう言えば変幻こいつの狙いはねくろを自分のものにする事だったな……。

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