水路

 暗い水路の筒の中を、休むことなく、進んで行くのは、むしのだんなさんです。たくさんついている手足を使って、今までこんなにいそいだことはないというくらいに、全速力で、歩いて行きます。

(歩くのは得意ですが、やはり、羽の生えている生き物がうらやましいですね。ぼくらのからだに、羽が生えていたら、最強なのですが。なかなかうまいぐあいにはいきませんね。)

むしのだんなさんは、そんなことを考えながら、ひたすら、まっすぐに進んで行きました。時おり、むしのおくさんがテレパシーを送ってくれます。

(おまえさん、今、どこにいますか?)

(まだ、筒の中にいます。きみは、だいじょうぶですか?)

(じつは、ねこがやってきたのです。わたしは、見つからないようにかくれましたので、ぶじでした。)

(それは、よかったです。ねこというのは、時に、とてもきょうぼうですからね。人間は来ませんでしたが?)

(人間も来ました。)

(人間は、きみを見ても、なにもしませんでしたか?)

(ええ、わたしの上を、またいで行きました。)

(それは、運がよかったですね。くれぐれも、見つからないように、気をつけてください。)

(そうします。)

むしのだんなさんは、おくさんが安全だとわかり、いきおいよく、手足がからまらないように、ダッシュしました。そして、ついに、筒を通り抜けたのです。そこは、たしかに、広い場所で、ところどころに、水たまりができていました。

(広い場所へ出ました。きみは、どこにかくれていますか。)

(ここですよ。)

むしのおくさんが、脱衣所からおふろばに移動して来ました。

(つかれたでしょう、まずは休んでくださいね。)

(いいえ、人間というのは、ぼくらがただ、いるだけで、大声をあげて、殺そうとしてきます。明るくならないうちに、ここを出なくては。)

外では、なきごえのきれいな秋のむしたちが、すてきな歌をうたっています。

(夜明けまでには、時間があります。すこし、休んでからでも、おそくはないでしょう。)

(そう、しま、しょう、か。)

むしのだんなさんとおくさんは、よりそってねむりました。


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