暗がり

 ほんとうは、外に出たいのに、なにかのひょうしに家におじゃまして、出られなくなってしまった生き物もいます。

(広いわ。ここは、どこなのかしら。)

そのむしの夫婦は、なかよく庭のすみっこで暮らしていました。ところがこの間、出かけた時に、雨やどりをしようとして、むしのおくさんのほうだけが、水路の筒の中を上がってきてしまったのでした。

(前にすすむだけが能じゃないって、頭ではわかっていたのですけど。)

そのむしは、手足がたくさん付いているため、前を向いて歩くのは得意だったのです。ただ、後ろに下がることは苦手で、とにかく、前へ前へと歩みを進めていくしかありませんでした。幸いに、筒の中を歩いている時に、食べるものはたくさんあったので、体力はありました。時おり、流れて来る水も、気持ちよくて、気づいたら、筒を通り抜けて、広い場所へ出ていたのです。

(とにかく、だんなさんに連絡しなくては。)

むしのおくさんは、テレパシーで、だんなさんによびかけようと、しょっ覚を、動かしました。すると、むしのだんなさんから、信号が送られてきました。

(だいじょうぶですか? きみは、今どこにいますか?)

(おまえさん、わたし、また、歩きすぎてしまって、今はひろい場所にいます。これから、戻ろうと思うのですが、長い時間がかかるでしょう。さびしい思いをさせてしまって、ごめんなさいね。)

じつのところ、むしのだんなさんは、先日の雨の日、マリーゴールドの植木鉢の下に、ひなんしていました。ところが、一日たっても、二日たっても、むしのおくさんが帰って来なかったので、心配していたのです。

(それでは、今から、迎えに行きましょう。)

(ほんとうですか? でも、それはそれは、遠い道のりです。待っていてください。わたしは、きっと帰りますから。)

(いいえ、方向感覚は、ぼくのほうがよいですから。それに、今宵は、満月。テレパシーが使えるのは、この三日間だけです。お互いに信号を送り合って、居場所を確認しましょう。そうと決まれば、今すぐ。)

(わかりました。わたしは、へたに動かず、おまえさんが来るのを、待っています。)

(待っていてください。)

(はい。)

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