暗がり
ほんとうは、外に出たいのに、なにかのひょうしに家におじゃまして、出られなくなってしまった生き物もいます。
(広いわ。ここは、どこなのかしら。)
そのむしの夫婦は、なかよく庭のすみっこで暮らしていました。ところがこの間、出かけた時に、雨やどりをしようとして、むしのおくさんのほうだけが、水路の筒の中を上がってきてしまったのでした。
(前にすすむだけが能じゃないって、頭ではわかっていたのですけど。)
そのむしは、手足がたくさん付いているため、前を向いて歩くのは得意だったのです。ただ、後ろに下がることは苦手で、とにかく、前へ前へと歩みを進めていくしかありませんでした。幸いに、筒の中を歩いている時に、食べるものはたくさんあったので、体力はありました。時おり、流れて来る水も、気持ちよくて、気づいたら、筒を通り抜けて、広い場所へ出ていたのです。
(とにかく、だんなさんに連絡しなくては。)
むしのおくさんは、テレパシーで、だんなさんによびかけようと、しょっ覚を、動かしました。すると、むしのだんなさんから、信号が送られてきました。
(だいじょうぶですか? きみは、今どこにいますか?)
(おまえさん、わたし、また、歩きすぎてしまって、今はひろい場所にいます。これから、戻ろうと思うのですが、長い時間がかかるでしょう。さびしい思いをさせてしまって、ごめんなさいね。)
じつのところ、むしのだんなさんは、先日の雨の日、マリーゴールドの植木鉢の下に、ひなんしていました。ところが、一日たっても、二日たっても、むしのおくさんが帰って来なかったので、心配していたのです。
(それでは、今から、迎えに行きましょう。)
(ほんとうですか? でも、それはそれは、遠い道のりです。待っていてください。わたしは、きっと帰りますから。)
(いいえ、方向感覚は、ぼくのほうがよいですから。それに、今宵は、満月。テレパシーが使えるのは、この三日間だけです。お互いに信号を送り合って、居場所を確認しましょう。そうと決まれば、今すぐ。)
(わかりました。わたしは、へたに動かず、おまえさんが来るのを、待っています。)
(待っていてください。)
(はい。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます