屋根裏部屋

 満月が、南の空にのぼった頃、ちいさな黒いかげが、動きはじめました。それは、父ねずみでした。父ねずみは、すずかちゃんの家の外壁をのぼり、屋根裏部屋の窓のあたりで息をひそめていました。窓が、すこし開いていたのです。父ねずみは、それを、見逃がしませんでした。屋根裏部屋は、めったに人間が来ない場所ですが、万が一、人間に見つかったら、わなをしかけられ、二度と活動できなくなります。父ねずみが幼かったころ、両親がわなにかかり、かなしいお別れをしました。だからこそ、父ねずみは、子どもたちを同じ目にあわせるわけにいきませんでした。父ねずみは、屋根裏部屋の内部に入って行きました。

(せめて、寒いあいだだけでも、家族全員、家の中に入れてもらえたら、ありがたいのだが。)

月明かりに照らされて、父ねずみのかげが、長くのびています。父ねずみは、いよいよ屋根裏部屋を探険するつもりでした。

 屋根裏部屋は、人間が立って歩けるくらいの高さがあり、ひろびろとしていました。父ねずみが入ってきたのは、南側のちいさな窓でした。レバーをひねって上へ押し上げると、開くしくみでした。こちらの窓がうまくしまっていなかったため、父ねずみが入って来られたのです。

かべにはつくりつけの棚があり、下段には防災グッズ、中段には、お父さんの文庫本や、すずかちゃんの絵本、上段には、飛行機の模型やボードゲームなどが、置いてありました。

 父ねずみは、ふと窓のほうをふりかえりました。そこで、黒いかげが見えかくれしているのに気づいたのです。ひとつ、ふたつ、みっつ。なんと、その黒いかげは、子ねずみたちでした。

「これはおどろいた! ついてきてはだめだと言ったのに!」

「だって、おとうさんが、どこに行くか、気になったんだもの。」

それにしたって、こんなところまで来てしまうなんて。父ねずみは、三匹の子どもたちに言い聞かせました。

「ここから先に、入ってはいけないよ。かくれていなさい。」

子ねずみたちは、首をかしげ、うなずいたのかそうでないのか、あいまいなしぐさを見せました。父ねずみは、たしかな足取りで、部屋のすみずみまでチェックしてまわり、窓の下へもどりました。

 ところが、子どもたちの姿がありません。父ねずみが、たいへんあわてていますと、子ねずみたちの声がしました。

「おとうさん、こっち、こっち。」

見ると、三匹の子どもたちは、つくりつけの棚の上から、父ねずみを見おろしていました。

「ふう、まったく。おまえたちときたら。どうして、言うことをきかないのだ?」

「ちゃんとかくれていたよ。」

「おとうさんが、きけんなめにあわないか、見ていたよ。」

「ぼくたち、高いところにのぼれるくらいに、おおきくなったんだよ。」

父ねずみは、いつのまに子どもたちは、こんな口をきくようになったのだろうと思いました。

「まだちいさいくせに、言うことだけは、りっぱになったものだ。」

「それにね、いいものを見つけたよ。」

一匹の子ねずみが、父ねずみの前に、ピーナッツをひとつ置きました。

「おいしそうでしょう?」

「これは、ピーナッツだが、むやみに食べてはいけない。どくが入っているかもしれないのだから。」

「ほんとうに?」

子ねずみは、うたがわしそうに、ピーナッツのにおいをかぎました。

「人間がわざと置いて行ったの?」

「そうかもしれない。おいしそうにみえるものほど、あぶないのだ。」

 その時、近くの床板が持ち上がり、静電気で、パチッと光ったのです。そうかと思うと、すごいはやさで、大きな白いけものが、父ねずみにおそいかかってきました。

「窓の外へ逃げなさい!」

父ねずみは、子ねずみたちとは、反対の方向へ逃げました。白いけものが、父ねずみを追いかけます。子ねずみたちは、恐怖のあまり、棚の上で、ぶるぶるふるえてしまいました。

「おとうさあーーん。」

父ねずみは、子ねずみたちが、窓の外へ逃げるよういのっていました。そのために、必死に、白いけものの注意をひいて走りまわっていたのでしたが、とうとう、部屋のすみに追いつめられてしまったのです。

「はやく、逃げなさい!」

(わたしは、つかまってもいい。子どもたちが、無事ならば。)

父ねずみが、かくごを決めたその時、棚の上から、模型飛行機が落ちて、物音を立てました。子ねずみたちが、力を合わせて下へ落としたのです。白いけものは、びっくりして、一瞬、身を低くし、動きを止めました。

「おとうさん、今のうちだよ!」

そうして、そのスキをついて、のねずみの親子は、窓から外に脱出することに成功したのでした。

「お父さん、ごめんなさい。」

父ねずみは、三匹の子ねずみを、ひしと抱きしめました。

「これ、持って行っていい?」

見ると、一匹の子ねずみが、ピーナッツを抱えていました。

「ピーナッツは、置いて行きなさい。」

そして、のねずみの親子は、おやしきを去って行ったのでした。

 白いけものは、さんざん遊んでつかれたのでしょう。防災グッズのそばにあった毛布の上にまるくなり、そのまま眠ってしまいました。


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