第38話バタフライエフェクト
俺の願いは聞き入れられて、ディアナは速やかに校医によって治療を受けた。そのときにディアナの秘密は、全て暴かれることになった。
ディアナが薬物を摂取させられて、中毒症状をおこしていたこと。
それによって、成長が阻害されていたこと。
そして、ディアナが男性であったこと。
フィムズがディアナを使って、ウィスタ王子の暗殺を企てたこと。
俺の証言やディアナの告白によって兄のファムズの元には、調べが入る予定であった。しかし、すでにファムズは行方をくらましていたという。証拠も全て抹消されており、残されたのは『何故か真実を知っていた俺』だけだった。
「さて、言い訳を聞かせてもらうぞ」
目の封印を解いたクリスが、虹色の虹彩で俺を睨みつける。
俺たちは、寮のウィスタ王子の部屋にいた。歴代の王族たちが使っていた専用の部屋は、一般の生徒とは一味も二味も違う豪華さだ。
そして、同時に警備もしやすい作りになっていた。ここならば、疑いがかかってしまった俺とも安全に話せるとクリスは踏んだのだろう。
「聞かせてくれ。この世界の秘密とは、なんなのだ?」
ウィスタ王子は、ディアナの犯行云々よりも俺が叫んだことの方に興味を持っていた。クリスが虹色の虹彩を明らかにした今となっては、嘘偽りは無意味だ。
見破られてしまう。
たとえ信じてもらえなくとも、俺は真実を話すしかなかった。
「今まで言っていなかったことだが、俺には前世の記憶がある。そして、この世界の未来を知っている。いいや、知っていたんだ」
俺が知っていたと表現したのは、イリナとディアナのせいだ。彼らの行動は、どのルートとも外れたものだった。イリナは教会の裏で告白などしないはずだし、ディアナも自害しようとはしない。
「知っていた?」
俺が嘘を言っていないと分かるクリスは、眉をひそめる。
「信じられないと思うけど……この世界は物語だ。俺は、この世界の物語を読める世界の記憶があるんだ。つまり、それが俺の前世だと言うわけ」
ウィスタ王子の頭には、クエスチョンマークが浮かんでいる。気持ちは分かる。俺もウェスタ王子がそんなことを言い出したら、脳みそが沸いたと疑うだろう。
「グエンの前世は、神の視点を持った世界にいたってことか?だから、その記憶で未来が分かっていると」
クリスの聡明さが怖い。
この世界の人々の言葉で言い換えるならば、俺の前世の記憶はまさに『神の視点』だ。前世の記憶なんてあって当然だから、そこまで考えてはいなかった。
「そう!まさに、神の視点だ!!でも、だいぶルートから外れて……。いや、前世の記憶と違うところが出てきている。バタフライエフェクトって、いうやつみたいに」
一匹の蝶の羽ばたきが、大きな事を起こす。
そういうふうになったとしか言えない。そして、今現在もゲームのストーリーから大きく外れた話をしている。
「なるほど。それは、たしかに未来が分かっていたとしか言えないな」
クリスは納得したようだ。
ウェスタ王子は、まだ混乱している。
「この力で、俺はディアナの未来を知っていた。ディアナは、兄に利用されて若くして死ぬ。その運命を変えるために、俺は立ち回っていた」
イリナのことは、あえて伏せた。話が複雑化してしまうからだ。
「今回のディアナは助かったけど、正直なところ俺にはもう未来が分からない。こんなことを話すのも本来ならばなかったはずなんだ」
ふむ、とクリスは考える。
「……グエン。君が考えている以上に、ディアナ嬢の立場が危ういものになっている」
クリスは、そのように口火を切った。
「中毒性の高い毒を摂取していたことから、ディアナ嬢は被害者だと僕は考えている。ただし、それでもディアナ嬢の兄が不審な行動をしていることには変わりがない。ディアナ嬢も兄の協力者であるのではないかという疑いの声が、各所から上がっているんだ」
強い後ろ盾が必要だ、とクリスの言う。
「優秀な校医のおかげで、中毒症状を治療しながらでも学園には通える。しかし、ディアナ嬢を庇護する者はない」
ディアナの実家は、当主だった兄フィムズが失踪したことでガタガタだ。あの母親には、ディアナのことを守る余裕などなどないだろう。
「グエン……。ディアナ嬢のためには、君の実家の力が必要だ。ディアナ嬢が婚約者のままであれば、君の家の庇護下にいることが出来る」
俺は、ディアナと婚約を破棄する気はない。
だが、俺とディアナの婚約は誕生する子供の魔法を見越してのことである。ディアナの性別が知られたら、婚約破棄になりかねない。
「ディアナ嬢は、君の家が望むような令嬢ではない。それでも、ディアナ嬢を不幸にはしないと誓うか?」
クリスの言葉に、俺は迷わずに答えた。
「誓う」
虹色の瞳を細めたクリスは、自ら布で目を封印した。
「ならば、僕は協力者になる」
クリスの決断に、俺は思わず彼を抱きしめる。断らなかったせいもあり、クリスを驚かせてしまった。「うわぁ!」と悲鳴に近い声があがる。
「ありがとう……。クリス、俺を信じてくれて」
前世の記憶のことやディアナのこと。
俺が背負っていたものが、こんなにも簡単に受け入れられるとは思わなかった。
「安心するのは、まだ早いぞ!」
ウィスタ王子は、俺とクリスを引き離した。ウィスタ王子は心が狭すぎる。そんなに急いで引き離さなくともいいのに。こんなことで、クリスの忠義心は減ったりしない。
「実家の父上にディアナ嬢との婚約継続を認めさせたり、フィムズの行方を追ったりと問題は山積みだぞ」
その通りだ。
ディアナのためにも立場を安定させて、彼は兄に利用されていた被害者であると証明しなければならない。
「ということで、どちらが先に結婚できるか勝負だ」
阿呆王子が、馬鹿なことを言い始めた。
「私は難敵だぞ。なにせ、クリスに名前を呼ばれるという長年の夢を叶えたのだから」
うっとりとするウィスタ王子の様子に、クリス心底嫌そうな顔をしていた。
「グエン、王子のことは気にしなくて良いから」
クリスは、ウィスタ王子の名を呼ぶのを止める。王子の名前呼びの夢が叶った時間は、悲しいほどに短かった。
「グエン様!」
慌てた様子のアナが、部屋に入ってきた。王子の部屋に入室するにはマナーがなっていなかったが、ディアナが目覚めたらすぐに知らせてくれとアナに言っていたので致し方ない。
「ディアナ様が目を覚ましました!」
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