第34話王子のファーストダンス



 バザーが終われば、学園内では特別な催し物が開かれる。


 ダンスパーティーだ。


 社交界で行われるものより堅苦しいものではないが、実家から持ち寄った衣装で思い思いに着飾っている。


 実家の裕福さと自身のセンスの良さを見せつけるための場でもあるから、誰もが煌びやかな姿であった。そして、やはり男子よりも女子のドレス姿の方が目を引くものになる。


「おー、すっごいな」


 俺は女子のドレス姿を見て、感嘆の声を上げた。


 実家の財力にものを言わせて絹やレースをふんだんに使ったドレスや自らのスタイルの良さを見せつけるデザインのものなど多種多様だ。正式なダンスパーティーではないだけあって、ドレスのデザインは多種多様である。


 ドレスのファッションショーともいえるだろう。


 男子としては見ているだけで楽しいし、見慣れた女子が化粧と衣装とで変わるのは不思議な光景でもあった。この時のために気合の入った女子は、化粧や髪結いが上手い使用人をわざわざ呼び寄せたという話も聞く。


 そんなパーティーでは、皆がそわそわしていた。未婚の王族が参加するパーティーでは、王族と婚約者がファーストダンスを踊ることになっている。今回の場合は、ウィスタ王子がファーストダンスを踊る。


 ウィスタ王子に婚約者はいないので、この場の女子から相手を選ぶのは必須。少女漫画でもなかなかないようなシチュエーションである。何も知らない第三者だったら、俺だってワクワクして見守っていただろう。


「グエン。王子は、どんな格好をしている?」


 クリスは見えないのに、ウィスタ王子の行動だけは予測できるようだ。俺は、生徒たちの視線を色々な意味で一身に受けるウィスタ王子の姿を説明した。


「海賊の仮装をしている。一人だけ仮装をしているからすごく目立って……。うわぁ、こっちに来た」


 ウィスタ王子は手を振りながら、俺達がいる方向に走ってきた。


 とてもいい笑顔だが、この場は仮装パーティーではない。男子はタクシード、女子はドレス。誰もが正装で挑んでいる。


「クリス。今日の私は、海賊だ!」


 両手を広げて、ウィスタ王子は見えない相手に衣装を見せつけようとする。クリスのらしくない舌打ちが聞こえたような気がした。


「だから、今日は私に奪われてくれ」


 ウィスタ王子は、クリスの前に跪く。


 相手をダンスに誘う正式な礼儀であり、本来ならば婚約者に対するものである。一時のダンス相手には、王族が膝を折る事などない。



「……見えないから、踊れません。それぐらいは、察してください」


 クリスは、包帯に触れた。


 本来ならば、クリスは見えるのだ。しかし、彼は視力を捨てた。オーラを見る瞳で他者の嘘を見抜き、ウィスタ王子の懐刀になるとクリスは決めている。


「なら、揺れているだけでいい。そのために、最初の曲はゆっくりとしたものをリクエストしておいた。クリス、触れるぞ」


 ウィスタ王子はクリスの手を掴み、ダンスフロアの方に連れて行く。ウィスタ王子がクリスを選んだことについての他の生徒の反応は、それぞれのものだった。選ばれなかったことに落胆したり、面白がっている者もいる。


 ウィスタ王子の言う通り、最初の曲はひどくゆっくりとしたものだった。退屈ともいえるべき曲のなかで、ウィスタ王子とクリスは踊る。


 それは、ステップも何もない。身体をゆっくりと左右に揺らすだけのクリスのための踊りであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る