第33話正ヒロインからの告白


「あの……グエン。ちょっと来てもらっていいですか?」


 あらかたの石鹸を売り終わり、後片付けを考えようかというタイミングでイリナが声をかけてきた。


 あたりはすっかり夕暮れで、周囲には俺たちと同じように後片づけを考え始めた生徒ばかりだ。客の足もまばらで、一緒に売店をしていた子供たちは疲れからか欠伸を繰り返していた。


「二人っきりで、お話したいことがあるんです」


 その言葉に、俺はどきりとした。


 ゲームにはなかったイベントだが、なんとなくイリナが言いたいことが分かったのだ。俺は周囲を見渡していれば、ユーヤ姉さんが俺にそっと耳打ちする。


「いってらっしゃい。ここは撤退するだけだから、なんとでもなるわ」


 うふふ、と笑うユーヤ姉さんは楽しそうだ。


 彼女もやはり女子で、恋愛の匂いを敏感に嗅ぎつけたのだろう。


「その代わりに、なにがあったのかを教えてね」


 いたずらっ子のようなユーヤ姉さんが、幼い少女のように見えたのは俺にとって新鮮な驚きだ。歳は離れていないのに、大人びていたせいでユーヤ姉さんは実年齢よりも年上に思えていた。なのに、今は同世代よりも幼い女の子みたいだ。


「クリスに言わないのであれば……」


 ユーヤ姉さんは、頷いてくれた。


 俺は、イリナに向き合う。


「あんまり離れるのも悪いし……教会の裏とかでもいいなら」


 教会の裏は人気こそはないだろうが、いつ人が来てもおかしくはない。イリナがやりたいことを想えば適切な場所ではない。しかし、ユーヤ姉さんが認めてくれたとはいえ、自分たちの露店からあまり離れてしまうのはと考えてしまう。


「教会の裏でいいです。たぶん……そんなに長引く話でもないので」


 俺たちは、そっと教会の裏に移動した。


 主にサボりを許さないクリスの耳を気にしてのことである。本来ならば目と表現するべきだろう。しかし、目を封印したクリスは、サボりを発見するのに耳の方を頼りにしていた。


 教会の裏には、俺の予想通り誰にもいなかった。


 夕焼けにたたずむイリナの顔は、真っ赤に染まっていた。その姿は、誰が見ても可愛いと表現できるだろう。俺も可愛らしいと思った。心を揺れ動かされるかと思ったぐらいだ。


「好き……です」


 シンプルだけど、精一杯の言葉。


 イリナの心の言葉を聞いた俺だったが、彼女の望む答えを俺は返すことが出来なかった。ゲームでは、イリナの告白シーンはもっとゲーム終盤だ。


 けれども、それが早まったという事は彼女が彼女の意思で俺に告白をしてきたということだろう。


 いいや。告白がゲーム通りのタイミングだったとしても、それは彼女の意思なのだ。


 俺は、改めてイリナのことを考える。


 ピンクの髪のツインテール。そして、居乳。


 俺の前世の理想の姿である彼女が、俺は好きになると信じ続けてきた。初恋の人になると信じて疑わなかった。けれども、イリナのことを好きだったのは前世の俺だ。


「——ごめん」


 俺は、イリナに頭を下げた。


 イリナのことを可愛いと思ったことに嘘はない。だが、自分の心に素直になってみれば、彼女にはキャラクターとして好きという感情以上のものはない。それは、彼女自身を見ていないのと同じことであった。


「俺は、ディアナを……不幸にしたくない」


 破滅の運命に向かう婚約者を救いたいと思う。


 それが、俺の感情だった。


「そうですか……。婚約者には勝てないですね」


 イリナは、強がって笑っていた。その笑顔までもが可愛らしい。失恋で傷ついているはずの彼女だが、笑えるだけの強さをもっていた。


 その強さに、俺は初めて彼女を尊敬した。


「その……。でも、イリナのことは嫌ではないんだ。だから、これからも友達でいてくれるか?困ったことがあったら俺は頼るし、イリナが困っても俺を頼って欲しい」


 その言葉に嘘はなかった。


 イリナが良い子なことは知っていたし、俺はイリナの友人であり続けたいと願っていた。恋敗れたイリナには辛い申しでかもしれない。だが、それは俺の偽りない気持ちだ。


「……ありがとうございます。えっと……」


 イリナは戸惑いながら、やがて俺を真っ直ぐに見つめた。


「ディアナさんを幸せにしてあげてください」



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