第32話バザー本番
教会のバザーの日がやってきた。
教会の敷地には学生と子供たちで作った出店が並び、奉仕価格とでもいうべき格安の値段で売り物が並べられている。
子供たちと生徒が作ったものなので形も歪で品質も保証されていないが、安さや若者との交流を求める人間たちには喜んで買っていく。なかには青春時代を懐かしむ為に、貴族が変装してやってくることもあった。兄弟や子供の様子を見に来た保護者もいる。
貴族と庶民がバザーによって入り乱れる様は、もはやある種の無礼講だ。学生のモノトリウムの時代が、バザーにやってきた人々にも広がっているようだった。飛び越えられない身分や育ち。あるいは財産。そういうものを忘れて、人生のわずかな自由時間のよすがを楽しんでいるようだった。
「お兄様!」
学園に入学してから会えていない妹のリシャが、俺の目の前に現れた。イチゴを思わせる赤とピンクのワンピースが愛らしい。
「リシャ、こんなところにどうしたんだ?」
リシャは、恥ずかしそうに微笑んだ。
「お兄様に会いたかったんです。それに、学園の雰囲気も知りたかったし」
学園は、関係者以外は立ち入り禁止だ。それでも、バザーの日には全生徒が教会に集まるので、学園の空気を知るためにリシャのように年若い人間が顔を出すこともある。校舎にも敷地にも入れないが、雰囲気だけは分かる学校見学会というところだろうか。
「わぁ、可愛い。色付きの石鹸なんて初めて見ました。それに、とっても良い香」
リシャは、紫色の石鹸を手に取ってはしゃいでいた。
「あら、リシャちゃんも来ていたのね。可愛いワンピースね。まるでケーキの精霊みたい」
ユーヤ姉さんの褒め言葉に、リシャは喜んでいた。さすがは、ユーヤ姉さんだ。俺が思っていても言えない事をはっきりと言ってくれる。
「今日のためにお父様に買っていただいたの。ドレスと違って、しきたりとかがなくて選ぶのがすごく楽しかったわ」
ドレスには、普段着用のものからパーティー用のもの。様々な用途のものがあり、それぞれにしきたりがある。大昔と違ってだいぶ流行に左右されるデザインのドレスが増えたが、それでもリシャのような少女には堅苦しく感じることもあるのだろう。
「日傘も今日の装いに合わせてみたの。靴は、メイドに動きやすいものを教えてもらったのよ。本当は、一緒の服装をしてみたかったのだけども」
リシャの後ろに控えていた、俺の家のメイドが青くなった顔をぶんぶんと横に振っていた。この反応はリシャがメイド服を着たがったのではなくて、メイドにイチゴのようなワンピースを着せたがったに違いない。
御付きのメイドは三十代ぐらいなので、イチゴのようなワンピースには色々と無理がある年齢だった。
「じゃあ、お兄様。私は、他の所を見に行くから。ついでに、石鹸を一つください」
我が妹は紫色の石鹸を買っていった。その後は、兄のことなど忘れ去ったかのように御付きのメイドを連れだって別の店に行ってしまう。
「昔は、俺にべったりだったのに……。段々と遊んでくれなくなっているような気がする」
俺の呟きに、ユーヤ姉さんが笑っていた。
「年下の兄妹なんて、そんなものよ。クリスだって、昔は私と結婚するって言ってくれていたのに」
そういえば、そんなことをクリスは言っていた。といっても、物心がつく前の話だ。今は、王子様にべったりである。いや、普段の様子からいって王子様がべったりなのか。
「いいか。この紐をこうして……」
我が国の王子は接客をサボって、子供たちにあやとりを教えていた。勉強は相変わらず振るわないのに、遊ぶことに関しては学習能力が高い。
悪い遊びは覚えてこないのが幸いだが、クリスが保護者のように振舞ってしまう気持ちも分かるというものだ。
「それにしても……ウィスタ王子とクリスってカップルだったのか。子供と保護者の関係性みたいなものだとしか思ってなかったな」
前世の俺からして、そのようなイメージしかなかった。
そもそも前世のギャルゲーでは、俺はウィスタ王子とクリスには接点はあまりなかったのだ。あったとしてもギャグ要素というか……。ウィスタ王子が何かしらやらかして、クリスに怒られているだけというか……。
「今とあんまり変わらないな」
BLゲームでは、もっと関係性がしっかり描かれていたのだろう。しっかり書かれても、ギャルゲーの関係性から発展しそうにないのだが。
幼馴染として、俺にはウィスタ王子とクリスを見守っていたという自負がある。だからこそ、二人がカップルになるというのが信じられない。
ウィスタ王子はクリスのことを娶ると言っていたから、分からない事もない。ウィスタ王子の妄言と失言はいつものことだから、あまり気にしていなかったが。
だが、クリスの性格では、ウィスタ王子に思いを寄せるというのはないような気がするのだ。クリスは王家に仕えているようなものでもあるし、ウィスタ王子には是が非にでも優秀な跡取りを作って欲しいところだろう。
クリスだったならば、ウィスタ王子の尻を蹴っ飛ばしてでも結婚させそうな気がする。
「あれ、これって……。クリスを愛人か何かにして、裏からウィスタ王子を操ってもらう方が色々と上手くいくんじゃないのか?」
クリスの親類として、ちょっと怖いことを考えてしまった。
だが、歴史のなかには愛人の傀儡になってしまった王は少なくない。それによって、政治が乱れる場合もあった。しかし、ウィスタ王子は、傀儡にされてしまった方が色々と良い方が気もする。クリスだったら、善政の手伝いをしてくれるだろうし。
「クリスがウィスタ王子の愛人になって、墓場まで面倒を見てもらう。それだけで、王子も民衆も幸せになりそうなところが怖いなぁ」
『皆が幸せだから、自分のハッピー』な脳みそのウィスタ王子のためになるなら、クリスは民衆の幸せに心を砕くだろう。そして、そのために優秀な部下を集めてウィスタ王子に善政をやらせる。ウィスタ王子は民に尊敬されて、単純な王子は褒められて幸せになる。
間違いない。
ウィスタ王子は、クリスに尻に敷かれたら幸せになる。
「グエン……。なんだか変な顔をしているぞ」
ウィスタ王子が、俺の顔を覗き込む。俺は、ウィスタ王子の手をがっちりと掴んだ。
「ウィスタ王子!我が親戚のクリスに、末永く幸せにされてください」
俺の言葉に、ウィスタ王子は戸惑うどころか笑顔で親指を立てた。
「王子にグエン。遊んでないで接客!」
サボっていたのがバレて、俺たちはクリスに大目玉を食らった。俺たちがサボっている間に、口コミが口コミをよんで色付き石鹸は大人気になっていたのだ。不慣れな接客と会計が追いつかないほどに。
「子供たちに付き添って、会計の計算をしてあげて。ほら、焦って間違わないように」
俺とウィスタ王子の尻を叩くクリスは、もうすでに凄腕愛人(未定)の片りんを見せているのであった。
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