第31話それぞれのゲーム
キャロルは、俺のことを呆れたような視線で見下した。身分の高い貴族として生まれ変わったので、この人生で見下されたのは生まれて初めての経験だ。
「私達がいるゲームの世界は、メイズラブシリーズの舞台になったものなの。このメイズラブシリーズの特徴は、同じ世界観を乙女ゲーム、BLゲーム、美少女ゲームで共有しているゲームなのよ」
キャロルいわく、三つのゲームはジャンルが違うが舞台になる学園は同じ。キャラクターのカメオ出演などもあったらしい。
なお、キャロルがいう美少女ゲームというのはギャルゲーの別名であるらしい。ややこしいことだ。そして、BLゲームや乙女ゲームは俺の予想通りギャルゲーと同じシステムの娯楽であった。
「ウィスタ王子とクリスのカップリングは、人気だったのよ。私もちょっと好きだったから、さっきのイチャイチャイベントを覗き見していたわけ。BLゲームではウィスタ王子を二番目ぐらいに攻略したんだから」
キャロルがいうに、BLゲームの主人公はクリスだったらしい。
信じられない話だが、クリスも行動次第で他人の好感度を操作できる立場にいるようだ。しかし、今のクリスはウィスタ王子と一緒にいることが多い。ということは、クリスはウィスタ王子のルートに進んでいるということなのだろうか。それにしては、クリスに前世の記憶があるような素振りはなかったが。
「クリスが主人公?でも、あいつには前世の記憶なんてないぞ」
幼馴染であるから分かる。
クリスには、前世の記憶などない。
「別に、主人公たちが転生しているわけじゃないみたいよ。乙女ゲームの主人公にも、前世の記憶がなかったし」
キャロルは、乙女ゲームのいわるゆるモブキャラに転生したらしい。俺のようにゲームの選択肢に迷うことなく、悠々自適に暮らしているようだ。そして、たまに好きだったキャラクターのイベントを覗き見ていたらしい。
「私以外に前世の記憶がある人にあったのは初めてよ。あっ、そうだ。グエンになっているということは、ディアナはどうなっているの。あの子はBLゲームの世界だと兄に調教されるけど、その通りになったの?」
キャロルの言葉に、俺は驚いた。ディアナの名前が出るとは思わなかったからだ。それに、キャロルはディアナがたどる悲運の人生すらも知っている。
この世界は三つのゲームが組み合わさったものだと聞かされたが、ディアナもBLゲームというものにカメオ出演をしていたらしい。そして、そこでも救われずに人生を終えているようだ。
「あの俺様キャラのお兄さんも結構好きだったのよね。現実だと危ない人だから、近づいていないけぢ。弟を女装させて調教するだなんて、危なすぎるわよ。乙女ゲームの攻略キャラだったけど、胸糞イベントも多いキャラだったし」
キャロルの言葉に、俺は目を丸くした。
ディアナに関して、聞き捨てならない情報が聞こえてきたような気がいたからである。女のディアナに対して、キャロルは弟という言葉を使った。
「ちょっとまて、ディアナは俺の婚約者だぞ。男の訳がないだろ」
同性婚は禁止されていないが、ディアナは俺の家系に水の魔法の血筋を入れることを期待されている。男同士では子供が出来ないので、その期待に応えることができない。
「あっ、そうか。ギャルゲーしかやっていないから、真相を知らなかったのね。キャロルは男性キャラで、BLゲームと乙女ゲームでも悲劇担当のキャラクターなの」
キャロルが語るディアナは、俺が知っているディアナと大差がない。俺の婚約者になって、兄の教育によって暗殺者になる。
そして、どんなルートでも死んでしまうのだ。その死んでしまうルートでは、俺が道連れになるパターンもある。
「BLゲームだと女らしい体付きにさせるために、中毒性の高い薬をお兄さんに飲ませられるの。それでも、婚約者のために耐えるんだけど……結局は死んじゃうのよね」
キャロルの言葉に、俺は唖然とする。
ディアナのことは全てを知っているつもりだったが、一番重要なことを知らなかったのだ。この世界にも毒や依存性がある薬があることは、幼いころクリスが誘拐された事件を通して知っていた。
だというのに、ディアナがウィスタ王子を殺すほど追い詰められていたのは薬のせいだと予測しなかった。これは俺の油断だ。
ディアナが俺を必要以上に避けていた理由が、今更ながらに分かった。俺の考えている以上に、彼女の立場が危険なものだったからだ。ディアナは俺との接触を減らすことで、俺を守ろうとしていたのだ。
「ディアナ……。どうして、こんなことを」
守らなくてよかったのに。
俺を頼ればよかったのに。
「鈍いわね。そんなことも分からないの?」
呆れたとばかりに、キャロルはため息をついた。
「グエンが好きだからこそ、遠ざけて守ろうとしたのよ。下手に頼って、危険な目には合わせたくはなかった」
答えは、とても単純なことだった。
「好きって……ディアナも男だし」
はっとした。
ディアナは、BLゲームのキャラクターでもあるのだ。男に好意を寄せるのも普通のことだし、この世界は同性婚だって珍しくない世界観だ。前世の記憶と常識がなんとなくあった俺とは、価値観が少し違う。
「ディアナは、俺が好きだから守ろうとした……」
その事実を言葉にして、俺は噛みしめる。
これは、キャラクターの心情ではない。生身のディアナの感情であると理解するために、俺は彼の言葉を噛みしめたのだ。
「BLゲームではディアナは攻略が出来ないから、私はギャルゲーに手を出したの。でも、そっちでも死んじゃうのよね」
キャロルは、少し残念そうだった。
そして、俺の方を見る。
「もしかして、ディアナを攻略しようとしていたの?止めた方が良いわよ。バットエンドしかないから」
それは、最初から知っている。
だが、俺はディアナを不幸にはさせたくなかった。
「俺は、イリナのルートに進んでいる」
ディアナは、子供の頃に親同士が決めた婚約者。その時は、俺はディアナとは結ばれまいと思っていたけれど……。
今は、ディアナを不幸にはしたくない。
「イリナは、俺の初恋になる予定の女の子だ。だから、俺はイリナのルートを選んだんだ。前世の俺はイリナのことが凄い好きだったから、イリナを選ぶことが俺は決まっているんだ」
薄れゆく前世の記憶の中でも、イリナへの執着はまだ消えない。
彼女の面影を追い続ける事が、俺の前世の生き様だった。
「グエンは、イリナルートを目指しているんだろうけど……」
俺の話を聞いていたキャロルが、口火を切った。
「それってキャラとして好きな感情と人としての好きな感情が混同しているような気がする。だって、グエンは一度もイリナを好きだとは言ってないし。イリナルートとしか言ってない」
キャロルの言葉に、俺は目を丸くした。自分でだって気がついていなかったが、俺はイリナのことを一度も好きだとは思っていない。可愛いとは思ったが、好きだとは一度も思ったことはなかった。
初恋の人になると思って、イリナを攻略しようとしていた。イリナの人格を見ずに、前世の感情に引っ張られていたのだ。それは、イリナにとっても失礼なことである。
「私が、どうこう言う資格はないけど……。不幸になって欲しくないは、好きってことだと思う」
はっきりと言葉にされ、胸が苦しくなった。
俺は、たぶんディアナのことが好きだと……思う。
笑っていて欲しい。
不幸にならないで欲しい。
生きていて欲しい。
「グエン……。ちょっとこんなところで、泣かないでよ!」
キャロルが慌てながら、俺の目尻にハンカチを当てる。
「俺は……イリナにもディアナにも酷いことをしたのかもしれない。この世界がゲームだとしか思っていなくて」
これが現実なのだと分かったつもりになって、イリナのルートなんて個人の人格を無視したような考えをしていた。自分が、本当にイリナが好きなのかどうかも考えなかった。
「……仕方ないわよ。私だって、好きなシーンって言って他人のことを覗き見している。でも、それが私たち。前世の記憶を持っている人間の個性だと思わないと」
やっていられないわよ、とキャロルが言った。
「この世界が時々ゲームだって勘違いする。それは悪いことだけども受け入れていかないと。悪いことだと思ったら、その都度で改めれば良いだけなんだから」
キャロルは、無理をして笑った。
彼女も転生者としての苦しみがあるのだろう。いや、前世の記憶が色濃い彼女は、俺以上の悩みや苦しみがあるのかもしれない。
「私も貴族だから、婚約者がいるの。ゲームをプレイしていたときには気付けなかったけど、モブにもモブの人生があったのよ。山あり谷ありのね。私は、今世の人生をそれなりに気に入っているわ」
あなただって、そうでしょう。
そのように言われた俺は、無理をしてでも笑って答えた。この言葉だけは、笑顔と共に言わなければならない言葉であったからだ。
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