第29話石鹸作り



「はーい、皆さん。石鹸作り始めましょう」


 教会が運営する孤児院は、質素な作りだが規模が大きい。貴族の寄付から成り立っている孤児院で生活は、ほとんど寮とかわらない集団生活だと聞く。ここで子供たちは十五歳まで育てられて、その後は社会に羽ばたくのである。


 俺達は孤児院に住まう子供たちを集めて、一緒に石鹸作りをすることになった。商品を作るところから子供たちと一緒にやる。これが、バザーの伝統だ。


 作るものが難しいほど年嵩の子供たちが割り振られるため、俺達のグループは十歳前後の子供たちの面倒を見ることになった。


「材料を計って配りますから、しばらくお待ち下さいね」


 アナは慣れた様子で秤や計量カップを使って、材料の準備をしている。


 主に子供たちの相手をしているのは、イリナとアナだ。アナは俺付きのメイドだが、俺達だけでは子供たちの相手は難しいと思って参加してもらっている。


「おにーちゃんは、目が見えないの?」


 クリスの目の包帯に、子供は興味津々だ。


 アナとイリナの説明など聞いていない。


「ほら、お姉さんたちの話を聞いて……」


 クリスが至極真っ当な注意をしようとしたら、ウィスタ王子が大声で笑い始めた。俺たちはぎょっとしたが、子供たちも驚いている。


「クリスは目が見えないからな。急に触ったりしては駄目だぞ。驚かせてしまうからな」


 ウィスタ王子は、そう言いながらもクリスの肩を叩いた。「うぎゃあ!」とクリスの辺な悲鳴が響く。


 ウィスタ王子も普段なら気を使っているのに、子どもたちに説明していたら自分が声がけを忘れたようだ。やはり、阿呆王子は阿呆王子である。


「王子!何をするんですか!!」


 クリスの泣きそうな声に、ウィスタ王子はたじたじだった。クリスはそうではないが、ウィスタ王子はかなり気を使ってクリスに接している。それこそ、壊れやすい宝物にように扱っていた。


 だからこそ、クリスは少しでも粗雑に扱われてしまうと驚いてしまうのである。いや、これは彼が見えないということも原因なのだが。


「悪かった!今のは、私が悪かった!!」


 ウィスタ王子は必死に謝るが、クリスはむすっとして口をきいてくれない。子供の側にいるせいなのか、クリスの反応が子供っぽくなってしまっていた。


「お兄ちゃん、喧嘩は駄目だよ。謝ったんだから、許してあげないと」


 小さな女の子が、クリスに可愛らしく注意をする。


 その声に思うところがあったのだろうか。クリスはウィスタ王子に話しかけようとするが、寸前のところで止めてしまった。まだ怒っているらしい。


「機嫌を直してくれ。これからは、ちゃんと声をかけてから触るから。なぁ、お前を驚かせたりはしないから」


 さわるぞ、とウィスタ王子はクリスに声をかける。クリスは無言で頷いて、ウィスタ王子は彼の手をとった。


 ウィスタ王子は、とても嬉しそうに笑う。クリスの機嫌が少しでも上向いたことが、よほど嬉しかったのだ。


「お前が俺の永遠の味方であるように、俺もクリスの永遠の味方だ。もう許してくれ」


 ウィスタ王子は、クリスの手の甲にそっと唇を寄せた。優雅な仕草に、その場にいた全員が見惚れてしまう。ただ一人をのぞいて。


「なんてことを!」


 クリスは、驚いて手を引っ込めた。目は封印されているが、手の甲の感触で口吻を受けたと分かったのであろう。


「王子、あなたは国で三番目に貴い御方です。あなたが手の甲にキスをするのは、同等の身分の女性でなければなりません!」


 クリスが言う同等の身分の女性というのは、他国の姫や王妃といった女性だ。クリスの手の甲にキスをしたということは、そのような高貴な女性とクリスを同等に扱うということを意味する。つまりは、隣に立っても問題にならない相手……結婚相手だ。


「私だって、それぐらいは分かっている。クリス……そろそろ分かってくれるだろう」


 ウィスタ王子の言葉に、クリスは首を振った。


 話など聞きたくはないとでも言いたげである。


「それ以上のことを言ったら、僕は王子から逃げます」


 ディアナと違って、目が封じられている故にゆっくりとしか動けないクリスを追うのは容易いだろう。


 しかし、ウィスタ王子はクリスから離れた。これ以上は、クリスを追い詰める気はないらしい。まぁ、これ以上の追い込みをかけたら暴力で訴えられそうだし。


「素敵……」


 俺は、そんなやり取りに熱視線を送っている女子生徒を見つける。


 俺たちとは別のグループで、あちらも子供たちを集めて作業をしているようだった。そんな作業は綺麗に無視して、女子生徒はウィスタ王子とクリスのやり取りをキラキラした目で見つめていたのである。


 婚約者のいないウィスタ王子に秋波を送る女子生徒は少なくない。しかし、クリスが側にいるのに、それをアピールする生徒はいなかった。


 淡い恋心も王妃の座を目指す出世欲も、クリスがウィスタ王子に届く前に遮断してしまうからだ。公爵令嬢のときが、一番わかりやすい例だろう。


 クリスとしては将来の后選びに不備がないようにという配慮しているのだろうが、少々やり過ぎのような気がしてならない。おかげで、ウィスタ王子の執着はクリスの方に向いてしまっているし。


「ウィスタ王子とクリスのイチャイチャは、原作通りなのね。良かった……。見られて良かった」


 原作という言葉に、俺は引っ掛かりを感じた。この世界は、ギャルゲーが元になっている世界だ。前世の記憶がある俺は、それをしっかりと把握している。


 だが、俺と同じように前世の記憶を持っており、この世界がゲームであると知っている人間には出会ったことがなかった。


 だが、彼女はウィスタ王子とクリスに対して原作という言葉をつかった。


 これは、何かを知っている証拠だ。


 女子生徒は、俺の視線に気がつくと顔を背けた。その当たり前の仕草すらも怪しく思えて、俺はどうするべきかを考える。とりあえず、彼女と接触を持ちたいが中々チャンスがない。


 そんなことを考えていれば、女子生徒たちは何かをこぼした。女子生徒の制服に液体がかかってしまう。女子生徒は慌てて、他の生徒たちから離れた。恐らくは、着替えに行ったのだろう。


「よし!」


 俺は、それを最大のチャンスだと捉えた。


「悪い。ちょっとトイレに行ってくるから」


 俺は、そう断って女子生徒を追いかけた。


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